フェイスブックが独自仮想通貨リブラの構想を発表してから約3ヶ月。米国や仏独をはじめとする欧米各国からの批判で、強い逆風にさらされている。その一方で、中国はリブラに対抗する形で、人民元のデジタル通貨を発行する計画を明らかにした

マネックスグループの松本大CEOは、中国のデジタル人民元構想が世界の通貨覇権を巡る戦いだと喝破する。次世代のマネーの覇権のため、自由主義諸国はリブラ発行を推進し、日本も「デジタル円」を構想するべきだと提唱する。

リブラ批判の2つの柱

中央銀行がデジタル通貨を発行するというコンセプトは、2017年の国際決済銀行(BIS)のレポートが1つの出発点だった。

BISが2017年9月に発表したレポート『中央銀行仮想通貨(Central Bank Cryptocurrencies)』は、「世界各国の中央銀行が、法定通貨をクリプトグラフィー(暗号化技術)で発行することを考えなくてはならないという問題提起をした」(松本氏)。

その後、各国の中央銀行で法定デジタル通貨の検討・開発が進められていたが、「そこにポンっと出てきたのが、フェイスブックのリブラだ」(松本氏)。

松本氏は、先進国での「フェイスブックにやらせるものか」という批判には大きく2つの要素から成り立つと解説する。

1つは「フェイスブックに対する個人情報管理への不信感」(松本氏)だ。ケンブリッジアナリティカ問題で露呈したように、ユーザーが持つ金融データやプライバシーが侵害されるのではないかという恐れだ。米下院でリブラ批判の急先鋒であるマキシン・ウォーターズ議員はこのタイプだ。

もう1つは、「リブラが各国の金融政策の実施を妨げる」(松本氏)というもの。金融政策への懸念は、欧州中央銀行(ECB)のメルシュ理事などが唱えている

2つ目の金融政策運営に影響を与えるという点について、松本氏は「議論が分かれるところだ」と語る。その影響については「(金融政策で)お金を絞れば、リブラも絞られることになる。金融政策がおかしくなるとは言えないのではないか」と疑問符があると指摘する。

欧米諸国で吹く逆風の中で、イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、リブラ批判一辺倒ではない、柔軟な姿勢を見せている。今年8月、米ワイオミング州で開かれたジャクソン会議では、フェイスブックのリブラのようなデジタル通貨が世界の準備通貨としての米ドルに取って代わるべきという提案を行い注目を集めた

松本氏は「カーニーのカナダ人という出自や、ゴールドマンサックスでの金融・投資銀行の経験から、真剣にデジタル通貨について考えているのではないか」とみる。

リブラが開いたパンドラの箱

松本氏は、フェイスブックのリブラ発表が「パンドラの箱を開けてしまった」と話す。

フェイスブックのリブラ発表後、イランによるゴールド(金)を担保としたデジタル通貨構想が明らかとなり、仮想通貨マイニングも産業として承認した

さらに9月には北朝鮮が独自仮想通貨を開発しているという報道も出た

米ドルの通貨覇権に抵抗しようとする「有象無象が出てきてしまった」(松本氏)状況だ。

そして、中国人民銀行によるデジタル人民元(E-Yuan)の構想が発表された。

「(先進国が)リブラを止めている間に、中国は千才一隅のチャンスだと思って、デジタル人民元を発表したはずだ」

デジタル人民元は「一種のステーブルコイン」

「デジタル人民元は4大銀行やアリペイ、ウィーチャットペイ、銀聯カードが参加すると言われている。恐ろしいのは、銀行口座がいらないと言われている点だ」

現在ウィーチャットペイなどは、中国で銀行口座を持つ必要がある。デジタル人民元が銀行口座がいらないとなると、このような制約から解放されてしまうことになる。

「おそらく、中国の外でも、P2Pで個人間送金できるし、ウィーチャットペイやアリペイに対応する端末さえあれば、どこでもデジタル人民元が使えるようになってしまう。世界中で人民元がモノを買うのに使えるようになるかもしれない」

中国人民銀行は、米ドルとの為替レートを一定の範囲内で納めようとしている。「(米ドルとのレートは)ほぼ安定してるわけで、これは一種のステーブルコインになってしまう」(松本氏)。

さらに店舗に置く専用端末は中国大手メーカーのPAXテクノロジーが世界中に普及させている。いまでは日本のコンビニでもアリペイやウィーチャットペイ、銀聯カードで支払えるようになっている。日本であっても「新しいモノが好きな人は使いだすかもしれない。僕だって使ってみたいね」(松本氏)。

デジタル通貨競争こそ必要

中国のデジタル人民元一強となる恐れがあるならば、「リブラはやった方がいい」というのが松本氏の考えだ。

「リブラアソシエーションにはマスターカードなど、ちゃんとした企業も入っている。変なことがあっても止めようがあるし、話しようがある」

デジタル人民元しかない、もしくはリブラしかない。そのような状況になることこそが問題だと、松本氏は指摘する。

「E-JPY(デジタル円)であるとか、E-USD(デジタルドル)というものが出てくれば、いまドルやユーロ、円、人民元が『もっと自分のところの通貨を使って欲しい』と競争しているように、バランスが保てるはずだ」

日本は「デジタル円を検討すべき」

松本氏は、日本も真剣に「デジタル円」を検討するべきだと提唱する

日銀が進めるマイナス金利政策をより効果的にするメリットもあるはずだと、松本氏は指摘する。

「マイナス金利といっても、それは銀行と日銀の間がマイナス金利となるだけ。我々が持っている現金は、あくまでゼロ金利。マイナス金利は、使わなければ価値が減ってしまうという政策だが、現状ではタンス預金をしておけば価値は減らない」

そこで法定通貨をデジタル通貨にすれば、「時間とともに(価値が)減っていく」という設計もできる。松本氏は「マイナス金利政策の趣旨も実現できるのではないか」と導入のメリットを掲げる。

中国のデジタル人民元構想で新たな通貨覇権を巡る戦いが既に始まっている。

松本氏は、方法論や法律論にとらわれる前に「国益を考えた行動が必要だ」と強調する。