今週末に福岡で開催されるG20財務相・中銀総裁の議題の1つは「マネーロンダリング(資金洗浄)と仮想通貨」だ。今回、何が合意されると予想されており、どんな合意があったらサプライズと考えられるのだろうか?また、そもそもマネロン対策とは言えど個人の取引記録などプライバシーはどこまで守られるべきのか?仮想通貨の不正取引をブロックチェーン上で追跡することに定評のあるチェイナリシス(Chainalysis)のアナリストと匿名通貨ビーム(BEAM)のCEOがコインテレグラフ日本版の取材に答えた。

G20のマネロン対策 サプライズ要因は?

マネーロンダリングは、犯罪などで入手した「黒いお金」を何らかの手段によって「きれいなお金」にすることで世の中で堂々と使えるようにする手法のこと。開催国日本のメディアからは先月「仮想通貨によるマネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与対策のための新たな規制で合意することになった」と報じられている

チェイナリシスの企画室長(Head of Policy)であるジェシー・スピロ氏は、今年2月にFATF(金融活動作業部会)が出した草案から本質的な変更があったらサプライズだと解説する。FATFは、マネロンやテロ資金対策などで国際的な協力を推進する組織。昨年12月にアルゼンチンで開かれたG20では、仮想通貨を用いたマネロンなどの規制は「金融活動作業部会(FATF)に則ったやり方で進める」という合意がなされた

「世界中の規制当局と直接やり取りをしている」というチェイナリシスのスピロ氏は、全部で8箇条からなる今年2月の草案で仮想通貨業界は次のようなことに合意したという認識を示した。

「適切なKYCや厳格なデュー・ディリジェンス(EDD)、取引の監視、疑わしい行為の報告はマネーロンダリングに対応する上で必要であること」

今月中にFATFは最初のガイダンスを発表する予定。スピロ氏は、2月の草案から「本質的な意味で変更」したらサプライズになると話した。つまり報道とは異なり、G20のマネロン対策で特段、新たな合意がなされるわけではなさそうというのがスパロ氏の見方であり、むしろ新たな要素がこれまでの合意に盛り込まれたらサプライズとなりそうだというわけだ。

チェイナリシスは、三菱UFJグループから出資を受けている。今年4月にはFATFに対し、仮想通貨取引所に対するデータ提出の義務化をやめるよう求めていた

ちなみに昨年10月時点でFATFは、マネロンやテロ対策などのため世界中の規制当局にライセンス発行を求め、対象は仮想通貨取引所やウォレット業者、イニシャル・コイン・オファリング(ICO)の発行者を含めることを発表。不十分な国はFATFのブラックリストに追加した。世界の金融システムへのアクセス権を制限されることになるかもしれないという。

FXcoinのシニアストラテジスト松田康生氏は、FATFの2月草案と10月の発表内容はほとんど変わらないとしつつも、一点、国外の交換所や分散型交換所に対する取締りを強化する可能性を示唆している点が異なるとみている。

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日本の仮想通貨自主規制団体もG20の動向を注視している。日本仮想通貨交換業協会(JVCEA)はコインテレグラフ日本版の取材に対して、今回のG20の合意内容をめぐるコメントは避けたものの、「国際的なAML/CFTに関する動向についても留意しつつ、会員である仮想通貨交換業者に対してその遵守を指導するなど業界一丸となって取り組む」と話した。

一方、ビームのCEOアレクサンダー・ザイデルソン氏は、「政府と規制当局は、取引所など仮想通貨と法定通貨の交換サービスを行う場所に対する規制を強める」とみている。また、規制されていない取引所に対する「攻撃」があるかもしれないと予想した。

ビームは、プライバシーとスケーラビリティ(規模の拡大)の実現を目指すプロトコル「MimbleWimble」(ミンブルウィンブル)を採用する匿名の仮想通貨。ミンブルウィンブルはアドレスがないことなどが特徴で、利用者はデフォルトで匿名性を獲得。ブロックに記録される情報量が少ないため、取引スピードが速い。

「犯罪者の温床になりやすいと見られがちな匿名通貨がG20で禁止される可能性を懸念しているか」という質問に対してザイデルソン氏は「匿名通貨を禁止するのは可能ではないし、規制当局もそのことを理解している」と述べた。

「技術はもうすでにそこにある。単に禁止することはできない」

ただ、ザイデルソン氏は、規制当局は完全な匿名通貨を法定通貨に交換することを難しくするかもしれないとも述べた。

ビームが提唱するのは、オプトイン(選択できる)のコンプライアンス機能。利用者に対して暗号化された取引記録を維持するオプションと必要であれば監査役に取引記録を提示するオプションがあり、利用者は自らの意思で自由に選べる。ザイデルソン氏は、ビームの目標とは「規制順守をする一方で利用者の匿名性を維持することだ」と述べている。

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マネロン、プライバシー、そして公共の利益

最近、政府や大企業など中央の管理者が進めるキャッシュレス化に反発する形で、プライバシーの保護を訴える声が高まっている。プライバシーというと、「私生活の干渉」や「恥ずかしい個人の秘密の暴露」から個人を守る権利を指すケースがあるが、仮想通貨業界では「自分の取引情報をコントロールするのは自分であって、他人ではない」という意味で使われることがほとんどだ。つまり、プライバシーには、「自律(Autonomy)」や「経済的な主権(Financial Sovereignty)」という思想が込められている。

いくらマネロン対策のためだからと言ってプライバシーを全面的に妥協する、すなわち規制当局が人々の全ての取引データを把握できる状況を作ることが望ましいのだろうか?

「プライバシーは基本的な人権だ」

ビームのザイデルソン氏はこのように答えた。「すべての金融取引情報を政府が見られる状態にすべきというのは、いつの時代も問題があると考える」とし、プライバシーとコンプライアンスでのバランスが必要との見方を示した。

ザイデルソン氏は、現在使われている現金の仕組みと同じように、「プライベートではキャッシュの取引記録を報告しないが、ビジネスはする」という体制を仮想通貨も作らなければならないと主張。そして、そのような機能が達成できるのはビームだと改めて述べた。

一方、チェイナリシスのスパロ氏は、プライバシーの妥協ではなく「公益と安全性」の観点からこの問題を考える重要性を主張した。

「例えば、欧州のGDPR(一般データ保護規則、EU全域で個人情報保護の強化を進める法的枠組み)は、プライバシーを守るために作られたが、個人情報の送信が許されるケースとして「公益に適っている」もしくは公共の利益を守る時を想定している。

スパロ氏は、仮想通貨業界も同様に「コンプライアンスとして重要なKYCやブロックチェーン分析は、子供の虐待、人身売買、不法活動、麻薬の密売、テロなど不法な行為を発見し防ぐために導入されている」と指摘。あくまでマネロン対策とは「公益と安全性」という尺度で測られるべきという見解を示した。

ちなみにスパロ氏は、「チェイナリシスは、取引所から個人を特定できる情報を収集していない」と解説。「あるアドレスがその取引所のある消費者のものであることを知っているだけで、その消費者が誰なのかは知らない」と話した。

今回のG20におけるマネロンと仮想通貨に関する実際の合意内容はもちろんだが、より本質的なテーマであるプライバシーとマネロンのバランスを巡った微妙な綱引きが水面下で進められるのかどうか、注目すべきだろう。

Hisashi Oki
編集 コインテレグラフ日本版