「もしナイフや拳銃を隠し持つ人が怖いというなら、解決策としてみんなに裸で行動しろと頼むことができるね。警察にとっても、これほど楽なことはない。けど、みんな賛成しないだろう?ごく少数の悪人のためにみんなが裸になるのか?」
このように語ったのは、匿名通貨BEAM(ビーム)のCEOアレクサンダー・ザイデルソン氏。プライバシーの重要性を伝えるためのアナロジーとして上記のような表現を用いた。
「すべての人々からプライバシーを奪い、すべてを分析しよう。そうしたら悪人を捕まえやすい…。しかし、その考えはおかしいと思う」
今年1月にメインネットを立ち上げたBEAM(ビーム)。プライバシーとスケーラビリティ(規模の拡大)の実現を目指すプロトコル「MimbleWimble」(ミンブルウィンブル)を採用する匿名の仮想通貨だ。ミンブルウィンブルは、アドレスがないことなどが特徴で、利用者はデフォルトで匿名性を獲得。ブロックに記録される情報量が少ないため、取引スピードが速いという特徴がある。同じくミンブルウィンブルを採用した匿名通貨としてはGrin(グリン)が有名だ。
(出典:BEAM BEAM(ビーム)のロゴ)
欧米を中心にプライバシーへの意識が高まる中、仮想通貨業界でもプライバシーや匿名性の重要性が見直され始めている。先月には、日本のリクルートがビームへの出資を発表した。
なぜ、マネーに匿名性があることが重要なのだろうか?また、匿名通貨に難色を示す国が多い中、規制とのバランスはどうするのか?ザイデルソン氏がコインテレグラフ日本版のインタビューに答えた。
オプトイン・コンフィデンシャル(選択する機密性)
一般的なプライバシーも金融面でのプライバシーも消えつつあるーー
グーグルやフェイスブックなど大手IT企業からは日々の行動パターンに関する情報を取られる一方、銀行やクレジットカード会社には収支や支出、購入履歴が筒抜けになっている。ザイデルソン氏は、あらゆる面でプライバシーが消えつつあることに危機感を抱く。
去年のフェイスブックの個人情報流出問題などを皮切りに、欧米ではGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の個人情報の取り扱いに対して疑問の声が高まりつつある。また、EUではGDPR(一般データ保護規制)という具体的な施策が登場した。
一方、仮想通貨業界ではプライバシーの話題がそこまで注目されてこなかった。ザイデルソン氏は、その理由を次のように解説した。
「一握りの人しか使わないし、投機目的で使われるだけとみられていたからね。しかし最近、仮想通貨が実社会で使われるためには、そしてマネーとしての地位を奪うためには、機密性を持っていなけれならないと気づく人が増えたんだよ」
ザイデルソン氏は、「金銭的なプライバシーがないということは自由がないと同義」と主張。とりわけ金銭面で主権を確保する条件として、「自分だけが自分の資金をコントロールできること」と「インフレから守られていること」の重要性を掲げた。
現在の仮想通貨業界に目を向けてみると、ビットコインはインフレ対策はできても、プライバシーがない。ビットコインの取引記録はパブリックなブロックチェーン上ですべて記録される。送金時に送信相手のアドレスを覚えるなどして、他人が自分の口座情報も知ってしまうことができる。ザイデルソン氏は、次のように続ける。
「ビットコインは、銀行よりたちが悪いかもしれない。銀行との取引なら(取引記録を)知っているのは銀行側とあなたのみだが、ビットコインの場合はみんなが知ることになる」
さらにザイデルソン氏は、サプライチェーン取引を例にあげ、「トヨタのサプライヤー全てがトヨタがそれぞれにいくら払っているのかわかったら、大変なことになる」とプライバシーの重要性を説いた。
ではマネーは、100%プライベートになれば良いのだろうか?ザイデルソン氏の答えはノーだ。とりわけ同氏は、企業が政府に対して資金調達先を報告できなくなることを問題視している。
「政府が悪いと言っているわけではない。周りを見てほしい。道路に電車、これらのインフラは政府による支援があって成り立っている。安全性もそうだ。そしてほとんどのビジネスは政府に報告義務がある。政府に全てをコントロールする権限があってはならないが、ビジネスは報告しなければならない」
完全にパブリックでもダメだが、完全にプライベートでもダメ。そこでビームが提案するのは、オプトイン・コンフィデンシャル(選択する機密性)。デフォルトでは匿名性が保証されているが、利用者であるあなたが選択すれば、取引を誰かに報告できるという仕組みだ。
「大事なのは、利用者が選択肢を持つということ。もしあなたがビームを使い始めて、匿名を選択するならば、そうできる。(中略)もしあなたが、監査されることを選択すれば、あなたの取引記録を提示できるようになる。この違いは大事だ」
またザイデルソン氏は、ビジネスでの応用について、次のような述べた。例えばスターバックスは、客が購入したコーヒーのレシートをブロックチェーンに貼り付ける。「名前」など消費者に関する情報を知ることはできないが、ブロックチェーン上に貼り付けられたレシートを使って、監査法人に全ての取引を見せることができる。
ザイデルソン氏が目指すのは、ある意味で現金の再現だ。現金支払いでは、店側は消費者の名前など個人情報を持つことはないが、監査法人に報告できる。ビーム支払いでは、現金の特徴である匿名性を維持しながらデジタルの便利さを享受し、必要とあれば取引記録を報告できるようになるというわけだ。
あくまで、規制とのバランスの取れた匿名通貨の実現を目指すビーム。ザイデルソン氏は、次のように述べた。
「もちろん我々にもイデオロギーはあるが、アナキスト(無政府主義者)になりたくはない。(中略)前の世紀は多くの社会革命が起きて、多くの人が犠牲になっただろう。だからゆっくりと変化を起こす方が良いと思う」
上場、規制機関へのアプローチ、そして日本市場
匿名通貨に対する各国の規制当局の見方は厳しい。
先日、フランス国民議会の金融委員会トップは、匿名仮想通貨は取引禁止にした方が適切という見解を表明。日本仮想通貨交換業協会(JVCEA)は、移転記録の追跡が困難な「匿名仮想通貨」については原則禁止にしている。
ザイデルソン氏は、時間がかかるだろうとしつつも、規制当局を説得する意向を示した。
例えば、仮想通貨取引所がビームを上場させる場合、「特定の金額以上の取引を行った際に追加的にKYC(顧客確認)を行う」という措置が考えられるとザイデルソン氏は指摘。少額なら気にしないが、高額なら報告を義務付けるという考えだ。
「もし私が銀行に大量のお金を持って行ったら、彼らは即座に受け入れないだろう。『どこから手に入れた』と聞くだろう。もし私がきちんとした書類でどこから資金を手に入れたのか説明すれば、彼らはOKと言うだろう」
現在ビームは、各国の司法管轄ごとにどのような対応が必要か、4大会計事務所の一つと協議をしているという。ザイデルソン氏によると、取引所は「マネーが誰から誰を通ってきたのか」を知る必要はなく、ただ「監査済み」ということが分かればよいと指摘。監査法人など第3者が全ての取引を調べる方法が一つにあるという。
(ザイデルソン氏提供 中国のBEAM(ビーム)ミートアップ時の様子)
このようなビームの戦略について、規制当局はどう反応するだろうか。
ザイデルソン氏は、まずは今後数カ月間、決済手段や価値保存手段などでビームにどのような利用ケースがあるのか把握することに集中するとし、今年後半から規制当局にアプローチを始めるだろうと述べた。同氏は、次のように規制当局に訴えかけた。
「ビームだろうが、グリンであろうが、モネロ、ZCASHであろうが、ミンブルウィンブルという素晴らしいプロトコルも誕生した今、この流れを止められない。(中略)違法にできるかもしれないが、憲法的に、何かを所有することを禁じるのは良いのか?簡単ではない。新たな技術と争うのか、共存を目指すのか、人々に法令遵守をしてもらいながら使ってもらうことを目指すのか」
コンフィデンシャル(機密性あり)でコンプライアント(法律に従順)な仮想通貨ーー。「我々が構築しているんのはそんな通貨さ」とザイデルソン氏は自信を見せた。
ザイデルソン氏によると、規制当局へのアプローチは日本から始めるか分からないが、その可能性はある。先述の通り、リクルートという大企業からのサポートを受けた上、日本からの需要の高さを感じているそうだ。
「日本からの我々のウェブサイトへの訪問者数は世界で3位か4位。しかもリクルートが投資を発表する前の段階でだ。トップ4は中国、米国、ロシア、日本だ。そして毎週それは変わる」
さらにザイデルソン氏は、日本にはアクティブなコミュニティー基盤があることも付け加えた。「日本では規制が厳しいのは知っているが、我々がどうやってアプローチができるか興味深いだろう」(ザイデルソン氏)。
現在、日本ではキャッシュレス化推進に向けて機運が高まっている。ただ、ザイデルソン氏は、「今までに(キャシュレス化が)起きなかったのならば、変えるのは難しい」と予想。クレジットカード決済はもちろん、スマホタッチによる決済などが可能な支払いターミナルがすでに多数存在していると指摘し、「本来なら現金はいらないはずだが、みんな使っている」と述べた。
日本人が現金を好む理由はいろいろあるだろう。しかし、もしビームが規制当局との交渉を成功させてデジタル版の現金を実現できるのであれば、日本におけるキャッシュレス化を牽引する存在になる可能性もあるだろう。