「トラベル・ルール」ーーー。

先週末に大阪で開催されたG20サミットと並行して開催されたV20で最もよく聞いた言葉だ。

規制機関、仮想通貨取引所やウォレット業者などを含む仮想資産サービス提供者(VASP)が先月28日と29日に大阪に集まり、FATFが先月21日に公表した仮想通貨によるマネーロンダリング(資金洗浄)を防ぐためのガイダンスをどうやって実行するか話し合った。

トラベル・ルールは、VASPに対して取引に関する顧客情報の収集と送付を要求する。顧客保護を推進するためのルールだが、技術面、そして哲学的な側面から議論を呼んでいる。一部のVASPは、なぜ伝統的な銀行が遵守しなければいけないような仕組みを採用しているのかと疑問視している。果たして仮想通貨業界全体にとって、ポジティブな効果をもたらせるだろうか?コインテレグラフ日本版は、V20に参加していた規制当局やVASP関係者に話を聞いた。

トラベル・ルール

トラベル・ルールとは、取引の際に金融サービス提供者同士が顧客情報をお互いにシェアすることを定めたルール。FATFが先月21日に発表したガイドラインでは、VASPが顧客の名前や口座番号などを収集し、お互いに送付しあうことが定められた

また、FATF勧告15の解釈ノート7bには、以下のような文言が書かれている。

仕向VASPが正確な必須送付人情報及び必須受取人情報を取得及び保持し、即時かつ安全に提出すること。被仕向VASPが必須送付人情報及び正確な必須受取人情報を取得及び保持し、規制当局の求めに応じて利用可能にすることを確保すべき

このルールの適用対象はVASPであって、個人ではない。

FATFのガイダンスは、国際条約としての拘束力はないが、事実上の拘束力はある。もしある国がガイダンスが定めるルールを遵守していないと見なされれば、世界の金融ネットワークから除外される可能性があるからだ。また、既報の通り、G20も仮想通貨のマネロン規制においてFATFの方針に則ることを宣言している。

今回のガイダンスをもとに各国の規制当局とVASPは、それぞれの国にあったルールを1年で策定するように求められている。今回のV20は、そういった規制づくりを手助けするグーローバルな自主規制組織の立ち上げをすることで一致し、閉幕した。

FATFのルールは、すでに決定済み。焦点となっているのは、どうやって実行するかだ。

コインテレグラフ日本版とのインタビューの中で、FATFのトム・ネイラン氏は、「民間セクターによってルール適用のために必要な技術的なシステムを開発するという作業が残っている」と発言。次のように解説した。

「このルールに穴があるとは思わない(中略)我々はFATFが密室の中でどのように全ての業者が遵守をするかまで技術的な詳細を書きたくなかった。なぜならそれはすぐに時代遅れになるからね」

ただ、ブロックチェーン上での不正追跡を手がけるチェイナリシスのジェシー・スピロ氏は、今回のFATFガイダンスが「思ったよりも詳細が書かれていた」とし、驚きを隠さなかった。コインテレグラフ日本版に対して送ったEメールの中でスピロ氏は次のように話した。

「FATFは、仮想通貨業界と各規制当局に対してかなり詳細な制度を作った。どういった活動がガイダンスの対象になるのか網羅的に定義し、規制当局からどういった反応を予想するべきかまで書いた。多くの国がすでに行なっている努力をはるかに上回る要求となっている」

スピロ氏は、長期的にはガイダンスが「仮想通貨業界の成熟と仮想通貨のさらなる普及」を促すとみているものの、短期的には「仮想通貨業界が遵守のための技術的な解決策を見出さなければならず、巨額の投資を必要とするだろう」と予想した。

技術面の課題

V20に集まったVASP関係者がコインテレグラフ日本版に話したところによると、トラベル・ルールの技術面の課題は少なくとも3つある。

-どうやって受け手がVASPだと分かるのか?

「ここに座っている今も、私は新しいアドレスを作れることができるよ」。米国の仮想通貨取引所クラーケンのコンプライアンス担当、スティーブ・クリスティー氏が語った。そのブロックチェーンには、私が個人なのかVASPなのかを示す「属性」を特定するものは書かれていない。つまり、トラベルルールが情報の送付を要求するアドレスに当たるのかどうか証明できない。 

-どうやって情報を移転するのか?

VASPは、セキュリティーの観点から受取手に対して情報を単純にEメールで送ればいいという訳ではない。顧客情報をVASP同士で交換するために必要な信頼できる新たなインフラ構築が必要となる。

また、関連して、「情報移転に期限はあるのか?」といった疑問や「他国にあるVASPが同じルールを同時に遵守できないはどうするのか?」といった声もあがった。

-異なる名前を持つ同一人物が登録されていたら?

2つの異なるVASPで同一人物が2つの異なる名前を登録するケースが発生するかもしれない。この場合、VASP同士は、情報が正しいことをどのように証明するのか?ウォレット業者Crypto.comのCOOであるエラルド・グース氏は、「中国人や香港人は一般的に英語名を持っている」と指摘した。

仮想通貨のスタートアップは生き残れるか?

現在のところ、技術的な課題に対する解決策でコンセンサスは取れていない。しかし、専門的な知識に加えて「巨額の投資」が必要になる。では、仮想通貨のスタートアップは、ルール遵守のための能力と財源を持っているのだろうか?

「もし、すべてのサービス提供者にとってアクセス可能な何かを見つけ出さなければ、我々は一部の業者のビジネスを潰すことになるかもしれない」。クラーケンのクリスティー氏は懸念した。

「我々の業界はまだスタートアップのフェーズだ。できるだけ多くの機関ができうる限りの貢献をする必要がある」

また、トラベル・ルールの結果、規制されない個人間での取引数が増えることを懸念する人もいる。

一方、トラベル・ルールがスタートアップにポジティブに作用するという見方もある。2016年に設立したCrypto.comのグース氏は、新たなルールのおかげで伝統的な銀行と働きやすくなるかもしれないと期待している。

「我々は時々、クライアントの資金を処理する目的で銀行口座を開くことに苦戦している。しかし、もしこのような規制が執行されれば、我々は規制機関、そして金融業界に対して『我々は、ルールを守る機関だ』と知らせることができる」

金融プライバシーに反していないか?

これまで以上に顧客の情報を収集して送付することを要求するルールは、間違いなくプライバシー支持者から批判を浴びるだろう。政府や大企業などに頼らずに自分の資金は自分で管理するというアイデアは、ビットコインやその他仮想通貨の存在意義に関わる話だ。

クリスティー氏は、金融プライバシーの問題について認識しており、トラベル・ルールは「哲学的な観点から仮想通貨業界が直面する根本的な課題」を含んでいると述べた。同氏は同時にクラーケンは「責任ある組織だ」とし、次のように続けた。

「伝統的な金融サービス業界が新たな経済に移行するためにも我々はいくつかのルールに従わなければならないと理解している。妥協点を探さなければならない。もしあなたがビットコインのコアな信奉者でユートピアに到達したいと考えているなら、そこに行くまでの方法を見つける必要がある」

他にやり方はあった?

先述の通り、FATFのガイダンスは修正可能なものではない。VASPができることは、どのように実行するか考えることだ。しかし、一部の仮想通貨業界の人々は、それでも違うやり方でルールを作ることができたのではないかと嘆いている。

V20のクローズドのセッションに参加した1人が匿名で答えたところによると、VASP側の1人がFATFに対してアンチマネーロンダリングのためにブロックチェーンですでに利用が可能になっているパブリックなデータを使うことを提案し、トラベル・ルールの適用を見送れないか聞いた。これに対してFATFは「それは第2フェーズで行う」と回答した。「第2フェーズ」で何が変わるのか、不確かなままだ

また、クラーケンのクリスティー氏は、「もう少し時間があってFATFと業界が協調できれば、違う結果になったかもしれない」と話す。FATFが定める目的と利用者保護の達成に努める一方、同氏は「スマートで考えられたルール」が業界にとって最適だと述べた。

クリスティー氏にとって、トラベル・ルールは、20世紀に金融業界が採用したルールと同じだ。

「トラベル・ルールは、電気通信のために作られたルールだ。1900年代半ばの技術だよ(中略)FATFの目的は、素晴らしい目的だ。顧客保護にアンチマネーロンダリングとテロ資金供与対策だ。しかし、そのためのルールは、その時代の技術に合ったものであるべきだ

クリスティー氏は、我々が対象にしているのはP2Pで無許可型のネットワークと指摘。SWIFTのような通信ネットワークではないと強調した。

銀行業界がFATFにプレッシャーをかけて、彼らにとって有利なルールを作らせたという見方も出ている。あるV20参加者は次のように疑いの目を向けた。

「新たなルールは銀行を守るためにデザインされていると思うよ。なぜなら、銀行がこれまで守ってきたのと同じルールを持ち出して、我々に当てはめようとしている。誰がその能力と財源を持っているんだ?銀行だけだ」

この参加者は、「すべての国が関連法律を制定しなければならなくなるから、1年は不十分だ」として次のように続けた。

「うまくいかないだろう。すべてのビジネスを主要20カ国から追い出すだけだろう。そして本当に規制したいビジネスは、カリブ海など他の場所に行くだろう」

一方、大手金融機関が「乗っとる」のも悪くないと考える人もいる。

FATFの前代表であるロジャー・ウィルキンス氏は、コインテレグラフ日本版のインタビューに答えて、グーグルやアマゾンなどの大企業はスタートアップを買収することでイノベーションに貢献をしているではないかと話した。

「合理化は必要だ。合併も起きるだろう。それがイノベーションを殺すとは必ずしも思わない」

なぜ今?

先述の通り、FATFは最新のガイダンスを先月21日に発表した。しかし、なぜ先月21日だったのだろうか?V20初日のディナーパーティーで、ウィルキンス氏から面白い発言があった。これまでFATFはガイダンス策定に5年の月日を要したと言われてきたが、ウィルキンス氏は「12ヵ月かかった」と発言したのだ。

コインテレグラフ日本版とのインタビューの中で、FATFのネイラン氏は、このセクターは新しいため「もっと説明が必要だと思った」と話したものの、先月に公表しなければならなかった理由をはっきりと明らかにしなかった。

業界関係者の間でも様々な推測が出ている。

クラーケンのクリスティー氏は、締め切りについて「FATFの手に負えなかった」と指摘し、「FATFとしてはG20と国連からもっと時間を与えられたら良かっただろう」と述べた。

しかし、匿名で答えたV20参加者の1人は、FATFの内部事情が影響したとみている。

現在のFATFのトップは、米国人のマーシャル・ビリングスリー氏で、6月30日に退任した。次は、中国人がトップになる。このため、この参加者は、次のような可能性があるのではないかと推測した。

「FATFの新たなルールは、米国仕込みのルールだ。だから(米国トップが在任中に)急いで通したかったのだろう。歴史的に、次の代表がルール変更をしないという紳士協定がある」

「みんなが新しいルールに賛同しているわけではないけど、次に進もう」。V20におけるVASPの空気感について、参加者の1人がコインテレグラフ日本版に総括した。

顧客保護はもちろんすばらしい目的だ。だが、トラベル・ルールをはじめとした新たなルールは、仮想通貨の起業家を破綻に追いやるきっかけになってはいけないだろう。また、ビットコインと仮想通貨の重要原理の1つである金融プライバシーに敬意を払うべきだろう。そうでなければ、仮想通貨エコシステム全体にとって、非生産的に終わってしまう可能性がある。

翻訳・編集 コインテレグラフ日本版