ちょうど1年前、中米の小国エルサルバドルはビットコイン(BTC)を法定通貨にしたことで歴史に名を残した。

エルサルバドル政府はBTCを、外国投資を呼び込み、新たな雇用を創出し、同国経済における米ドルへの依存を削減するツールと考えた。世界銀行や国際通貨基金(IMF)などの国際機関からBTCを法定通貨から外すよう圧力がかかっているにもかかわらず、多くのBTC推進派とリバタリアンコミュニティがこの小国を支援した。

エルサルバドルが最初の「ビットコイン国家」になってから、この1年で多くの変化が起こった。BTCを法定通貨とした直後から熱狂と世間の関心が高まり、価格は新高値に急騰した。

エルサルバドルのナイブ・ブケレ大統領は、ビットコイン支持者の仲間入りをし、何度か市場の下落でBTCを買い、その利益で学校や病院を建設するなど、初期のころはBTC購入の利益を享受することさえあった。

しかし、市況が弱気に転じるとBTCの購入頻度は落ちていった。当初はツイッターで仮想通貨コミュニティと交流し、将来のビットコインの取り組みを共有する姿が多く見られたブケレ大統領は、ソーシャルメディア上での交流も大幅に減らしていった。

エルサルバドルは昨年9月以降、2301BTCを約1億390万ドルで購入した。そのビットコインの価値は現在、およそ4500万ドルである。直近の購入は、2022年半ばに80BTCを1BTCあたり1万9000ドルで購入したものだ。

BTC価格が暴落すると、仮想通貨バブルの懸念を長年提起してきた評論家は自らの正しさが立証されたとなり、「だから言っただろう」といったようなコメントが散見された。ただ一部の専門家は、エルサルバドルのBTCの実験は失敗とは程遠いものだと考えている。

エルサルバドルのビットコイン債(火山債もしくは火山トークンとも呼ばれる)は、投資家から10億ドルを集めてビットコイン・シティを建設するためのプロジェクトだが、現在すでに何度も延期されており、プロジェクトだけでなくBTC導入全体に対して懐疑的な見方が広がっている。

このビットコイン債の設計で重要な役割を果たしたビットコイン起業家のサムソン・モウ氏はコインテレグラフに対し、外部の一般的な認識とは異なり、エルサルバドルは弱気市場を乗り切ろうとしていると語った。同氏は、ビットコイン債はいくつかの理由で延期しているが、現在はデジタル証券法の成立を待っている状態であると説明する。

「新しいデジタル証券法が議会に提出されるのを待っているところだが、これが可決されればエルサルバドルはビットコイン債の増資を開始することができる。今年中に実現すると期待している。ビットコイン企業と同じように、エルサルバドルも弱気相場を乗り切ることに注力している。ブケレ大統領がこの価格でもっと買い増さないとは思えない」

BTC価格は、エルサルバドルの法定通貨決定からわずか1カ月後の11月10日に史上最高値の68,789ドルを記録した。しかし、それ以降、価格は70%以上暴落し、現在は19,000ドル前後で取引されている。多くの評論家は、ビットコイン債とそのネイティブトークンの将来は仮想通貨市場に大きく依存しているため、強気市場の時にのみ牽引力を得ることができると考えている。

一方、ビットフィネックスのパオロ・アルドイノ最高技術責任者はコインテレグラフに対し、ビットコイン債(火山トークン)は市場の状況に関係なく投資家の関心を集めると説明する。

「火山トークンは、この種のものとしては初めてのものになる。強気相場では新しい製品に対する投資家の意欲が高まるのが一般的だが、このトークンが示すユニークな提案は、市況に関係なく大きな関心を集めると確信している。このトークンはビットコイン・コミュニティで広く支持されており、弱気市場か強気市場かにかかわらず、この製品に対する大きな需要があることは明らかだ」

ビットフィネックスは、火山トークンの販売による取引処理を担当するエルサルバドル政府の重要なインフラパートナーだ。

BTCが送金と観光を後押し

エルサルバドルのビットコイン実験は当初から失敗だと批判されていたが、推進派はこれを一種の革命と捉え、エルサルバドルのBTC導入が、銀行口座を持たない市民がいまだ数多く存在し、海外からの送金量が多いといった、同様の金融課題を抱える他の国々にドミノ効果をもたらす可能性があると見ているようだ。

ブケレ大統領は以前、BTCを認めた最大の目的は、銀行口座を持たないエルサルバドル人の80%以上に銀行サービスを提供することだったと述べている。この法律が成立してから6カ月以内に、同国の政府提供ビットコインウォレットは400万人のユーザーを獲得し、銀行口座を持たない人口の70%が銀行に行かなくても支払いや送金サービスを受けられるようになった。

マーケット・リサーチ・フューチャーのシニアリサーチアナリストであるアーティ・ダプテ氏はコインテレグラフに対し、エルサルバドルのBTC導入は、銀行口座を持たない人々の銀行取引や観光の促進など、いくつかの面で成功していることが証明されたと指摘している。

「長い仮想通貨の冬に耐えることがまだ難しいにもかかわらず、デジタル通貨が中米のエルサルバドルの観光産業の再建に役立ったことを受け止めるべきだ。観光省の情報によると、エルサルバドルの旅行への支出は、パンデミック後の期間に81%増加した。2021年には120万人、2022年上半期には110万人の観光客を迎え入れている」

Statistaのデータによると、エルサルバドルのGDPの9%以上は観光産業で占められているので、観光客が2倍近くに増えることは、エルサルバドルにとって大きな利益をもたらすことになる。

Share of tourism in El Salvador’s GDP. Source: Statista

BTCの導入は、観光や銀行口座を持たない人々への金融サービス提供のほか、国境を越えた送金という点でも有益であり、取引コストを大幅に削減できることが証明されている。

エルサルバドル中央準備銀行の推計によると、2022年1月から5月にかけて、海外在住の市民からの送金は総額5000万ドル以上となった。ビットコインおよびエルサルバドル政府が支援するChivoウォレットの採用により、2022年のライトニングネットワークのトランザクションは400%増加した。

ビットコイン導入のマイナス面

エルサルバドルのビットコイン導入の最大のデメリットは、世界からの反発の大きさとともに、BTC価格の下落が招いたマクロ経済的な部分だ。強気相場であれば反発は問題にならないが、財政難の小国家であるエルサルバドルは、国際機関と険悪な関係になるわけにはいかない。

今、エルサルバドルのビットコインの大部分は、現在享受しているよりも高い価値で購入されたものだ。ビットコインは、株式市場、特にハイテク株のような伝統的な資産と密接に連動している。世界各国がパンデック後のインフレに対処しようとしている中、こういった株式市場も打撃を受けている。

ビットコインの価格以上に、エルサルバドルにとって大きな問題は、この動きを国際金融の世界がどう見るかだ。

ビットコインへの移行により、同国の伝統的な金融市場へのアクセスが制限され、債務返済のための資金調達に現実的な問題を引き起こしている。ムーディーズは今年初め、エルサルバドルがIMFとの交渉妥結が難しい理由として、ビットコインに関する意見の相違を挙げている。

機関投資家向けインフラサービスを提供するモデュラスのリチャード・ガードナーCEOはコインテレグラフに対し、もしかしたら5年後にはブケレ大統領の決断がそれほど悪いものに見えないかもしれないが、現状では議論の余地があると語っている。

「ブケレのビットコインへの移行は賢い選択ではないようだ。米ドルの高インフレでも、ビットコインはその価格下落を考えると、結局はインフレヘッジとして失敗している。しかし、私たちは不況時の1年間のスナップショットを見ているだけが。エルサルバドルのような国にとって、IMFのような組織を通じての資金調達へのアクセスは不可欠だ。そのため、ブケレのビットコイン戦略を擁護することは困難だ」

エルサルバドルの将来は、遅れているビットコイン債の成功に大きく左右されるだろう。これが数十億ドルの収入をもたらすことができれば、他の国々が後に続く前例となるかもしれない。ビットコイン債が発売されるまで、周りの人々はBTCの購入額でその成功を測り続けるだろう。