米国の実業家であり、元米証券取引委員会(SEC)委員であるポール・アトキンス氏が、SECの新たな委員長に正式に就任した。仮想通貨業界はこの人事を歓迎している。
アトキンス氏の承認には数か月を要した。3月27日には上院に出席し、米国における証券規制へのアプローチや、デジタル資産に関する自身の見解を説明した。
アトキンス氏は、委員長代行を務めていたマーク・ウエダ氏の後任となる。ウエダ氏の下でSECは、トランプ大統領の就任後、仮想通貨企業に対する訴訟や調査を撤回し始めていた。ただし、これらの動きが明確な規制方針に結実しているわけではない。
アトキンス氏の委員長就任によって、仮想通貨・ブロックチェーン業界は長年求めてきた明確な規制方針がようやく示されることを期待している。
Source: Cynthia Lummis
仮想通貨業界に「ガードレール」を──アトキンス氏の狙い
ウォフォード大学およびヴァンダービルト大学を卒業したアトキンス氏は、長年にわたり金融分野でキャリアを積んできた。キャリア初期にはデイビス・ポーク&ウォードウェル法律事務所に在籍し、1990年から1994年にかけてはSECの2人の歴代委員長のスタッフとしても勤務した。
特にリチャード・ブリーデン委員長の下では、中小企業や中堅企業の資本市場参入の障壁を低減する取り組みに携わった実績がある。
その後、PwCなどでの勤務を経て、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の指名によりSECの委員に任命された。
SECでは、金融サービス業界の規制遵守を強化するための政策に注力し、投資家が損害を被った案件については法執行機関とも連携して対応した。代表的なものとしては、約10億ドル規模のポンジスキームによって2万人の投資家が損失を被った「ベネット・ファンディング事件」がある。
SEC退任後は、銀行や金融サービス企業向けのコンサルティング会社「ポトマック・グローバル・パートナーズ」を創設し、代表を務めた。
52対44の僅差で承認された投票に先立ち、アトキンス氏は上院銀行・住宅・都市問題委員会で厳しい質疑を受けた。この場で同氏は、「デジタル資産に対して合理的かつ首尾一貫した原則に基づくアプローチにより、確固とした規制の土台を構築することが最優先課題である」と語った。
さらに、「現在の曖昧かつ不在同然のデジタル資産規制は、イノベーションと業界そのものを阻害している」とも指摘。より広い視点では「世界中の産業は米国に投資したいと考えているが、現行の金融規制環境がその意欲を妨げ、成功を阻害している」と批判した。
下院議員のトム・エマー氏は、アトキンス氏の指名について「素晴らしいことになる」と評価し、前任のバイデン政権下でのゲイリー・ゲンスラー前委員長が「非常に低いハードルを設定した」と皮肉った。エマー氏は「我々にはステーブルコイン、市場構造、そして規制の明確化が必要であり、それがようやく実現されるかもしれない」と述べた。
コインベースの最高政策責任者であるファイヤル・シルザド氏も、「新時代の幕開け」と称して歓迎の意を示している。
SECの仮想通貨方針と今後の焦点
現時点で未来を正確に予測する手段はないが、SECによる訴訟および強制措置の取り下げが、今後の仮想通貨規制の方向性を示している可能性がある。
SECは最近、「1933年証券法に基づく未登録証券の販売・勧誘」や「未登録のブローカー、ディーラー、清算機関、取引所としての活動」に関する訴訟を取り下げており、これは仮想通貨を証券とは見なしていない可能性がある。
この見解は、SECが最近発した「プルーフ・オブ・ワークによるマイニング」、「マイニングプール」、「ドル連動型ステーブルコイン」は証券法の対象外とする発言とも一致している。全体として、SECは仮想通貨を証券法の対象とは見なしていないという姿勢をにじませている。
人員削減で仮想通貨政策に影響も──アトキンス体制の不安材料
アトキンス氏のSEC委員長就任に際して懸念されているのが、委員会内部の人員削減だ。トランプ政権が政府支出の削減を目的に設置した諮問委員会「行政効率化省(DOGE)」による整理は、SECも例外ではなかった。
ポリティコが3月に報じたところによれば、様々な解雇プログラムの組み合わせにより、SECの約5000人の職員のうち10%が今後数か月で削減される見込みだ。報道に登場したある関係者によれば、実際の削減幅は15%に達する可能性もあるという。
このDOGEを率いるイーロン・マスク氏は、過去に何度もSECと対立してきた人物であり、SECの予算と人員のさらなる削減を目指しているとされる。
これに対して、有力な証券法学者らによる非公式グループ「シャドーSEC」は、「SECの人員が減れば、金融市場は混乱し、登録申請の審査は長期化し、執行力も低下する」と警鐘を鳴らしている。
デジタル資産の新たな規制枠組みの構築には、専門性と人員が不可欠だ。マスク氏がワシントンで大なたを振い、SECで人材流出が続けば、その実現は一層困難になるだろう。