『アフタービットコイン』の著者であり、決済・送金分野の専門家である中島真志教授は、世界各国の中央銀行が研究開発している「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」について、来年2020年に中国やカンボジアなどで実用化が進むだろうとの見解を示した。中島氏は「どこかの中銀で実用化に成功すれば、相次いで追随の動きが出てくるだろう」と予想する。
中島教授は12月12日、仮想通貨取引所ディーカレット主催の「デジタル通貨が起こす金融革命」をテーマとしたイベントに登壇。中央銀行デジタル通貨(CBDC)をテーマに講演した。
デジタル通貨の三つ巴の状況
中島教授は、世界のデジタル通貨の流れが、民間企業・金融機関・中央銀行の三つ巴の状況になっていると指摘する。
JPモルガンが開発している「JPMコイン」をはじめとする民間金融機関、フェイスブックが主導する仮想通貨リブラなどの民間企業、そしてデジタル人民元など中央銀行が進めるデジタル法定通貨の3つだ。
「フェイスブックのリブラによる民間企業の取り組みが大きく報道されている一方で、USC(Utility Settlement Coin)やJPMコインなど、金融機関自身がデジタル通貨を作り、効率的な取引を実現しようとしている。その状況に中央銀行も負けじと動き出している」
大口決済用と小口決済用、2つのCBDC
CBDCには金融機関の間だけで使う大口決済(ホールセール)用と、一般の消費者が日常で使う小口決済(リテール)用の2つのタイプが存在する。
中国人民銀行やスウェーデン中銀が導入しようとしているのが、一般でも使える小口決済用だ。一方の大口決済用は、日本銀行と欧州中央銀行(ECB)との共同研究プロジェクト「ステラ」などが代表的なものだ。
中島教授は、分散型台帳技術(DLT)による証券のデジタル化が進めば、大口決済用CBDCが不可欠になると指摘する。
証券の引き渡しと代金支払いを相互に条件付けて行うDVP(Delivery Versus Payment)決済。資金や証券の「取りはぐれ」を防ぐため、通常の証券決済では一般的な方法だ。
セキュリティトークンのように証券がDLTでデジタル化された際には、デジタル通貨が必要となると、中島氏はみている。
「証券がデジタル化すると、DLTの環境下でDVP決済をするため、通貨もデジタル化する必要に迫られる」
小口決済用CBDCの論点
一般の消費者が使う現金の代わりに、デジタル通貨を流通させる小口決済用のケースでは、3つの論点があると指摘する。
直接発行型か間接発行型か
直接発行型は中央銀行が一般に対して直接、デジタル通貨を発行する方式だ。もう1つは間接発行型で、民間銀行の口座を通じて、デジタル通貨を発行する形だ。直接発行型になれば、中央銀行と民間銀行との「二層構造」に大きな影響を及ぼす懸念が出てくる。中国のデジタル人民元については間接発行型になるとみられている。
トークン型か口座管理型か
トークン型はデータ自体に金銭的価値を持つケース。いまの1万円紙幣が1万円の価値を持つのと同じタイプだ。
もう1つは口座型だ。国民全員が中央銀行に口座を持ち、口座の保有残高を管理する形だ。「利用者からしたら大きな違いはないが、裏側の仕組みが異なる」(中島氏)。
プライバシーの確保
3つ目の論点は、国民のプライバシーの確保だ。
中央銀行がすべての取引を見ることができるのか。それとも犯罪捜査など一定の場合にのみ、取引情報を見れるようにするかという問題だ。
中島氏は「中国やロシアのデジタル通貨発行の真の狙いは、この取引情報を見ることではないか」とみる。中国で深刻な賄賂問題への対処や脱税防止が目的という見方だ。
ただプライバシーのあるなしという二者択一だけにはならないかもしれないと、中島氏は指摘。中島氏は、ECBのユーロチェーンネットワークが行ったCBDCのハッカソンの結果を紹介した。
ECBでは、小口決済での匿名性を確保するための匿名デジタルキャッシュ(DARC)の仕組みを考案している。これは、一定額(150ユーロ)の発行までは匿名性を認める仕組みだ。限度額を超える場合には、当局のサインが必要となり、匿名性がなくなる(「限定された匿名性(Selective anonymity)」)。
このような仕組みを取れば、「中間的な選択肢も出てくる」と中島氏は述べる。
2020年はCBDCの年に
国が発行している法定通貨がデジタル化される時代が来るのか。
中島氏は、通貨の歴史を紐解けば、デジタル化は「必然だ」と強調する。
貝や石から始まった通貨が、金のような金属貨幣や鋳造貨幣、そして紙の紙幣へと進化してきた。
「精錬、鍛造、印刷など、通貨はその時代の最先端技術が使われて、進化してきた。いまはDLTがある。これを使って、デジタル通貨を使っていくというのは自然な流れではないか」
中国人民銀行のデジタル人民元については「かなり本気度が高い」とみる。2014年から研究を始めていること、デジタル通貨ウォレットなどの多数の特許取得に動いていることが理由だ。
人民銀行幹部の発言や中国での「暗号法」成立など、具体化してきた中で、「深センなど、地区を限定した上で始まるのではないか」と予想する。実際、中国の大手経済メディアの財経は、深センと蘇州での試験を年末までに始めると報道したばかりだ。
また中島氏は、カンボジア中央銀行のデジタル通貨「バコン」にも注目。日本のブロックチェーン企業ソラミツの技術をもとにしたデジタル通貨で、既に7月からテスト運用が始まっている。
中島氏は、「来年はカンボジアや中国が、CBDCを実用化していくのではないか」と予測する。
一度、現実世界にCBDCが現れれば、普及の動きが加速するとみている。
「マイナス金利政策は、2012年にデンマークが初めて実施した。その後、スイスなども追随し、日本銀行やECBなど世界中の中銀がやり始めた。デジタル通貨も、どこかの中銀が成功されば、相次いで追随の動きが出てくるだろう」
そうなれば、日本銀行による「日銀コイン」導入も、あり得るというのが中島氏の見方だ。
「5年後には難しいかもしれないが、10年後には電子ウォレットを使い、日銀コインで個人間の送金や店舗での支払いという世界が来るだろう」
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