「倉庫にある物を取ろうとして脚立から落ち、脊椎を損傷した」「通勤中に電車と接触してケガをした」など、業務中や通勤の途中でケガや病気を負うケースは珍しくない。

業務中や通勤途中で負ったケガや病気は、公的医療保険ではなく労災保険(労働者災害補償保険)の補償が適用され、医療費を自己負担することなく治療が受けられる。また、亡くなった場合や所定の障害が残った場合などもさまざまな給付がうけられる。

本記事では、労災保険の仕組みや補償内容、保険料などをわかりやすく解説する。

社会保険の一つである労災保険につて解説する
労災保険とは

労災保険とは、仕事中や通勤途中での事故で生じた病気やケガ、障害、死亡などに対して、労働者やその家族に所定の給付をする制度だ。

たとえば取引先に車で向かっている途中で交通事故に遭い、ケガをして休職したとしよう。
労災保険に加入していると、ケガを治療するために支払った治療費の全額と、仕事を休んで受け取れなかった給与の一定割合が支給される。また、残念ながら亡くなってしまった場合は、労働者の遺族に対して所定の年金が支給される。

なお業務中や通勤中に負った病気やケガで仕事を休むと、公的医療保険の「傷病手当金」は受給できない。傷病手当金は、業務外で負った病気やケガで仕事を休んだときの給付であるためだ。

労災保険の申請書


労災保険の加入者

労災保険の加入者

法人・個人を問わず、労働者を1人でも使用する事業所は、原則として労災保険に加入しなければならない。これは、労働者災害補償保険法によって義務付けられている。

正社員やパートタイマー、アルバイトなど、勤務形態を問わずすべての労働者は労災保険の対象となる。

労災保険の特別加入制度

法人や個人と雇用関係にない自営業やフリーランスは、基本的に労災保険に加入できない。しかし自営業やフリーランスであっても、一人親方や個人タクシー、個人配送業者、農業者など一定の要件を満たす人は労災保険に特別加入できる。

2020年には、俳優や芸能従事者、アニメーション制作事業者なども対象に加えられている。また2021年9月1日からは自転車を使用して貨物運送事業を行う人(例:ウーバーイーツの配達員)や、ITフリーランス(例:プログラマーやWebデザイナー)なども、労災保険に特別加入できるようになった。

なお労災保険に特別加入する場合、個人で申し込むのではなく、所定の団体に所属したうえで団体を通じて加入手続きをする必要がある。

労災保険の保険料

労災保険の保険料は、会社が全額負担するため、労働者の負担分はない。事業所が負担する保険料は、給与と賞与の賃金総額に労災保険率をかけた計算する。保険率は、事業の種類ごとに細かくわかれている。

ただし労災保険に特別加入している人は、保険料は個人負担となる。年間の保険料は「給付基礎日額(平均賃金)×365×保険率」で計算される。たとえば給付基礎日額が1万円、労災保険率が3/1000である場合、保険料は1万円×365×3/1000=1万950円となる。

労災保険の補償内容

労災保険の補償対象となるのは、災害の認定を受けた人だ。また精神疾患になった場合に労災と認定されるためには、所定の基準を満たす必要がある。


災害の認定

労災保険の補償対象となる災害は「業務災害」と「通勤災害」がある。業務災害とは、以下2つの条件を満たす災害での病気やケガ、障害、死亡である。

  • 業務遂行性:事業主の支配下にある状態で負った病気やケガなど
  • 業務起因性:業務と傷病(病気やケガなど)のあいだに因果関係がある

通勤災害とは、通勤途中で発生した災害だ。労災保険では、通勤を「自宅と会社を合理的な経路および方法で往復する」と定義している。通勤途中で通勤経路から外れたあとに負った病気やケガは、原則として通勤災害とは認められない。ただし、日用品の購入やそれに準じる行為で通勤経路をそれた場合は、補償の対象と認められる場合がある。


精神疾患で労災と認められるケース

うつ病をはじめとした精神疾患は、他の病気やケガとは異なった基準が設けられている。精神疾患は、職場だけでなくプライベートでも受けたさまざまなストレスが複合的に作用して発症することが多いためだ。うつ病をはじめとした精神疾患が労災と認定されるのは、以下3つの認定基準を満たしているときである。

  • 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  • 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  • 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと


認定基準の対象となる精神障害とは、うつ病や統合失調症などだ。認知症やアルコール依存症は、対象外である。

業務による強い心理的負荷は、厚生労働省が定める「心理的負荷評価表」にもとづいて評価される。たとえば「発病直前の1カ月の時間外労働が160時間以上」「会社の経営に影響するほどの重大な仕事上のミスをし、事後対応にも当たった」に該当する場合、心理的な負荷が強かったと評価されて、労災と認定される。

また離婚や別居、家族の死亡など、仕事以外にストレスがなかったかも調査されたうえで、精神疾患が労災の対象か判断される。

労災保険の給付

休業補償のイメージ

では、労災保険の加入者は、業務中や通勤途中で病気・ケガなどを負った場合、どのような給付を受けられるのだろうか?ここでは労災保険の給付について解説する。

◯療養補償給付
療養補償給付とは、病気やケガの治療を受けたときに対する補償だ。治癒するまでの治療費の全額、または労災病院や労災指定医療機関での療養が支給される。

なお治癒とは、病気やケガが完治した場合だけでなく、症状が固定された状態(一般的な医療ではこれ以上改善が期待できない状態)も該当する。

◯休業補償給付
休業補償給付とは、病気やケガを療養するために働けず、賃金を支給してもらえないときの補償だ。休業4日目から1日につき、働いていたころに受け取っていた1日あたりの平均賃金の8割(休業補償給付6割+休業特別支給金2割)が支給される。

◯遺族補償給付
遺族補償給付は、労働者が亡くなったときの給付だ。養っている家族の人数に応じた年金が支給される。遺族とは、亡くなった人の配偶者や18歳を迎えた年度の3月31日を迎えていない子どもなどだ。養っている家族がいない場合は一時金が支給される。

また、特別支給金として、養っていた家族の人数にかかわらず一律300万円の一時金(遺族特別支給金)や、遺族の人数に応じた年金(遺族特別年金)が追加で支給される。

◯傷病補償年金
傷病補償年金では、療養を開始してから1年半が経過しても傷病が治らず、所定の障害が残った場合に年金が支給される。また特別支給金として、障害の程度に応じた一時金(傷病特別支給金)や、年金(傷病特別年金)が追加で支給される。

◯障害補償給付
障害補償給付とは、病気やケガが治癒したり症状が固定されたりしたあとに、所定の障害等級に認定されると支給される給付だ。残った障害の程度に応じて「障害補償年金」または「障害補償一時金」が支給される。

◯介護補償給付
介護補償給付とは、障害補償年金または傷病補償年金を受給する人のうち、介護を受けており所定の要件を満たす人が受けられる給付だ。所定の金額を上限に実際に支払った介護費用が支給される。

 ◯葬祭料
葬祭料は、業務災害や通勤災害によって亡くなった人の葬祭をするときに一定額が支給される。

このように労災に認定されるとさまざまな給付が受けられる。ただし労災保険の給付を受けても働けなくなったときの生活費や、亡くなったあとの家族の生活費・教育費のすべてがカバーできるとは限らない。仕事中にケガや病気などを負ったとき、労災保険や貯蓄だけで金銭的な負担をカバーできない可能性がある場合は、必民間保険への加入を検討しよう。

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