インドのラージナート・シン国防相が11月、ブロックチェーンとAI(人工知能)が「戦争に革命をもたらす」と発言した。果たして、彼は大げさに話し過ぎたのか。ジェットエンジンは戦争に革命をもたらし、ミサイルや核兵器も革命を起こした。ではブロックチェーンはどうなのだろうか?

【関連記事:ブロックチェーンやAIで戦争の形が変わる インド 国防相「防衛産業は対応が必要」

元NATO事務局長「データ共有で重要に」

元NATO事務局長のアンダース・フォス・ラスムッセン氏はインドのシン国防相に同意し、コインテレグラフに対してブロックチェーンの軍事利用の可能性について語った。

「潜在的な可能性だが、イエスだ。デジタル技術は1990年代から戦争に変革をもたらした。ブロックチェーンなどの新興テクノロジーは、今後数十年にわたって軍事産業を定義する可能性を秘めている。人工知能開発とともに、データとデータ共有は未来の戦争にとって重要となるだろう」

ラスムッセン氏はデンマークの元首相であり、現在はスイスのブロックチェーンIDスタートアップ「コンコルディウム(Concordium)」の戦略アドバイザーを務めている。

「データ共有は基本的にトランザクションに関するものだ。コンピュータ同士、マシン同士、軍事組織間、同盟国間で、セキュアな形で適切なデータを適切な順序で共有することは、現在の軍隊にとって重要なものであり、将来的にも重要性が増すだろう」

ハッカーから兵器を守る

ブロックチェーン技術は、戦場での情報やデータ共有を保護するだけでなく、兵器システム自体を守る上でも重要となる。

ブロックチェーン企業コンセンシスで政府関連プロジェクトのリーダーを務めるヴィクトリア・アダムス氏が、コインテレグラフに語ってくれた。

アダムス氏は、ロジスティクスと軍事サプライチェーンの管理が特別な課題になると指摘する。

特に、3Dプリンティングによる「付加製造(AM)」の登場と、軍事の民営化がこの課題をより複雑している。たとえば、米軍が戦場に3Dプリンターを設置して、兵士がF-35の部品を現場で製造できるようにする場合、これらのワークステーションをハッカーから保護する必要が出てくる。 

「ペンタゴン(米国防総省)は、単一ポイント攻撃ベクトルを望まない」。こう指摘するのは、米空軍と協力してサプライチェーンを保護するためブロックチェーン技術を実装しようとしているスタートアップ企業シンバ・チェーンのジョエル・ネイディグCEOだ。

ネイディグCEOは、このような攻撃を避けるため、数千のノードを備えたブロックチェーン技術が実際に役立つと、コインテレグラフに語った。サプライチェーンがブロックチェーン上にある場合、敵は単一のノードまた単一のコンピュータを介して不正な侵入ができなくなる。

「(もしハッカーが攻撃するならば)ネットワーク全体を停止する必要があるが、これは簡単ではない。過去11年間でビットコインがどれほどの強靭性があったのかを考えてみて欲しい。(ビットコインのネットワークを)誰もハッキングできなかった」

戦略的計画は…

国防総省やほかの米安全保障機関では、個々のユースケースは検討され始めているが、ブロックチェーン技術を組み込むための明確で統合された戦略をまだ持っているわけではない。

ユースケースとしては、今年9月に米国土安全保障省は、国際空港で使用されるパスポートやグリーンカード(永住許可)などのデジタルドキュメントについて、ブロックチェーン技術を使ったソリューションの開発に乗り出した

国土安全保障省と契約したウィーン拠点のドナウテック社のマルクス・サバデロCEOは、コインテレグラフの取材に応え、軍事組織がすべての兵士にデジタルIDを付与するという活用方法もあると指摘する。

司令官が分散型デジタルネットワークを介して命令を出し、兵士がメッセージの送信者を確認する。それらすべてがブロックチェーン上で記録されているため、敵が偽のIDを偽造することが難しくなる。またブロックチェーンであれば、敵がハッキングする中央サーバーは存在しない。

ブロックチェーン軍拡競争

ブロックチェーン技術は、兵器削減交渉といった分野でも活用できる可能性もあると、元NATO事務局長ラスムッセン氏は指摘する。

「議論されているアプリケーションの1つは、ブロックチェーンと組み合わせることができるセキュアなマルチパーティコンピューティング(MPC)だ。これにより、多くの人々が秘匿性を保ちながら情報を入力できる。これは軍縮交渉や(兵器削減の)監視の文脈で議論されている」 

しかし、コンセンシスのアダムズ氏の見解では、ブロックチェーン技術の活用はまだヨチヨチ歩きの段階だ。「あなたが会議に出席し、ブロックチェーンについて話しても、多くの人はポカンとした反応だろう」。ブロックチェーン技術を軍事分野に活用している動きはある。「しかし、それはすべてテスト、実証実験の段階。実際としては熱狂的に取り組んでいるというわけではない」(アダムス氏)。

「NATO諸国では強い雰囲気は見当たらない。しかし、一方で、ロシア軍と中国人は、西側に比べて積極的だ」

中国人民解放軍の機関紙「解放軍報」は2018年、ブロックチェーン技術が、インテリジェンス活動やサイバー攻撃からの保護など、軍事用途の可能性に触れた論説を掲載した。それを受け、米空軍士官学校で戦略研究を担当するヨハンナ・マティセク氏は、中国軍がブロックチェーン導入を積極化しており、米中でのブロックチェーン軍拡競争につながると主張している

「中国軍は、この当たらな技術的能力の重要性を認識しているが、中国が情報戦争の未来をコントロールすることを許すべきなのか?」

DARPAが研究に乗り出す

米国防総省は遅ればせながら、ブロックチェーンの重要性を認識し始めたようだ。同省は今年7月、安全保障のためにブロックチェーン技術にメリットがあると認識していると表明。米国防高等研究機関(DARPA)において技術研究を進めるとしている。

DARPAは、インターネットのベースとなったARPAネットを開発するなど、軍事研究とイノベーションの中心機関だ。

DARPAはまず、新たな通信処理プラットフォームを構築する目的でブロックチェーンでの実験を開始した。このプラットフォームは、軍の部隊と本部との間、もしくは諜報部員と国防総省との通信を想定している。もう1つは、ブロックチェーン技術を使って「ハッキング不可能なコード」を作成しようとするものだ。

ただトップダウンであり、高度に中央集権化された軍事組織に分散化(ブロックチェーン)を導入することは容易ではなさそうだ。米軍はボトムアップのイニシアティブを積極的に導入しようとしているが、軍の内部から反対の声が出るかもしれない。コンセンシスのアダムス氏も、この問題に同意し、「大きなカルチャーの変化が必要だ」と強調した。

翻訳・編集 コインテレグラフジャパン