ほとんどの仮想通貨投資家は、9月20日に起こった1億6000万ドルのハッキングの前に「ウィンターミュート・トレーディング(Wintermute Trading)」について聞いたことがないと思うが、実は仮想通貨エコシステムの中で重要な存在だ。ロンドンを拠点にアルゴリズム取引と仮想通貨融資を手掛けるこの企業は、最大手の取引所やブロックチェーン・プロジェクトにも流動性を提供している。

2017年7月の創業以来、仮想通貨ネイティブのトレーディング企業として、ウィンターミュートのこの分野における専門性は、フィデリティ・インベストメントやパンテラ・キャピタルといったグローバルなベンチャーキャピタル投資家から2500万ドルの資金提供を受けたことで証明されている。

流動性問題が仮想通貨の業界に与える影響

マーケットメーカーは、スリーアローズ・キャピタル(3AC)のような倒産した仮想通貨ベンチャーキャピタルや、ボイジャー・デジタルやセルシウス・ネットワークのような債務超過となったレンディングプラットフォームとは重要な違いがある。ウィンターミュートの1億6000万ドルのハッキングは、流動性がいかに不可欠であるかを考えると、仮想通貨業界にもっと大きな影響を与える可能性がある。

これらのビジネスの本質は、大きく異なる。例えば、ベンチャーキャピタルは通常、プロジェクトの立ち上げに先立って資金を提供することで、プレシードまたはシードフェーズのベンチャーに投資する。トークン、NFT(非代替性トークン)プロジェクト、DApps(分散型アプリ)、インフラなどにはアーリーステージでの資金が必要だが、良いチーム、アイデア、コミュニティが集まればいずれ資金が集まってくるだろう。

また、あるベンチャーキャピタルの失敗は、それが業界と関係があろうとなかろうと、競合他社の評判を落とすことにはならない。むしろ、リスクを正しく管理し、正しいプロジェクトを選べば報われることが証明されるだろう。同じことが、レンディングプラットフォームにも言える。プラットフォームは基本的に、顧客の預金を奪い合い、最高のリターンを提供しようと奮闘している。

マーケットマーカーが失敗すると、流動性は枯渇し、取引可能な資産にとってスプレッドが拡大するほど悪いことはない。ほとんどのDAppsユーザーや取引所は、こうした仲介業者の存在を意識することはない。なぜなら、彼らの仕事は、集中管理されているかどうかにかかわらず、仲介業者間のオーダーブックや価格裁定に隠されているからだ。真の秘密はアルゴリズム取引にある。

ウィンターミュートのようなアルゴリズム企業は、高度なモデリングとトレーディング・ソフトウェアを運用することで、裁定取引、デリバティブ、高頻度市場アクセスのためのコロケーション・サーバーなど、通常のトレーダーに対する競争優位性を見出すために多様な戦略を駆使している。

ウィンターミュートは、従来の自己勘定によるデスク取引に加え、独自のリソースを用いて仲介者の取引を促進することにより、マーケットメイキングサービスを提供している。これらのサービスは、取引所、ブローカー、トークン発行者、または財団や支援企業などの第三者機関が利用できる。

通常、専門のトレーディング会社がこのプロセスを担当するが、この活動は独立して行うことも可能だ。現在、ウィンターミュート、アラメダ・リサーチ、DRW、ジャンプ・トレーディング、カンバーランドなどが、集中型取引所や分散型金融(DeFi)プラットフォーム向けに流動性を提供する大手トレーディング企業として知られている。

ウィンターミュートは過去にも流出事件

ウィンターミュートは、2022年6月のトークン上場のために流動性を提供するためにオプティミズム財団に雇われた。だが、ウィンターミュートは攻撃を受け、2000万OPトークンを失う事態となった。ウィンターミュートのチームはこの事件をオプティミズム・コミュニティに公表し、プロトコルが完全に払い戻されるように5000万USDコイン(USDC)を担保として計上した。

少し考えてみてほしい。取引所、ブロックチェーンプロジェクト、ベンチャーキャピタル、DAppsはすべて、エンドユーザーのために流通市場がシームレスに機能することを保証するために、何らかの流動性を必要としている。薄いスプレッドとオーダーブックの深さがなければ、どんなプロジェクトも成功する可能性はほとんどない。

流動性プロバイダーを悪役と見なすか英雄と見なすかは別として、仮想通貨業界における彼らの重要性を過小評価することはできない。今回のハッキングはウィンターミュートだけのミスによるものかもしれず、そのため、他のマーケットメーカーにとって追加のリスクとして顕在化することはなかった。

トレーダーは、3AC、ボイジャー、セルシウスの失敗を、裁定取引デスクの流出による流動性空白の脅威と比較すべきではない。今のところ広範なリスクが顕在化したとは言えないが、詳細な事後分析が出され、同様のリスクが排除されるまでは、トレーダーは市場を注視しておく必要がある。