「サトシの夢はより今日的意義があるものだと思う」
金融庁の氷見野良三長官は25日、2日間にわたって行われたブロックチェーンイベント「FINSUM」の閉会の挨拶の中で、ビットコイン(BTC)の発明者サトシ・ナカモトによるプルーフ・オブ・ワーク(PoW)による信頼構築の取り組みが今日的意義を持つと主張した。
信頼の構成要素の急速な変化
サトシ・ナカモトがビットコインのホワイトペーパーを発表したタイミングが、2008年10月のリーマンショック後のタイミングだったことから、氷見野氏は紐解いていった。
「信頼の危機の中、サトシは、私たちの経済の中核的インフラである決済システムを信頼できるサードパーティのない状態で、完全にP2Pで構築できる可能性を説いたのだった。造幣局、銀行、規制当局、中央銀行、財務省、検察官、裁判所、または軍。そういったものが必要ないというのだ。この提案と、PoW、タイムスタンプ、ビザンチンフォールトトレランスなどの概念は、私たちが慣れ親しんだシステムを考え直すのに役立つことになった」
そして、そこから10年以上たった現代においては、「信頼の構成概念のいくつかが急速な変革の過程にある」と、氷見野氏は指摘する。
「たとえば、信頼の1つの要素は、対面での会議です。顔合わせる会議は相手側に対する豊富な情報を提供し、そして、そのような情報を解釈する、私たち自身が持つ動物的本能や直観に一定の信頼を寄せている。しかし、コロナ禍においては、G20の会議から、小規模の飲み会まで、あらゆる会議がオンラインコミュニケーションになっている」
またソーシャルメディアに依拠した情報の受容も、かつてのプロの編集者による検証とは異なるものになっている。「ヒトはSNSのお気に入りだけを見るようになり、私たちは私たちが信頼したいものだけをみている」と、氷見野氏は述べる。
そしてもう1つの信頼の構成要素だった政府についても、変化していると氷見野氏は指摘する。経済のグローバル化による政府の執行力の弱体化や、人々の行動の変化があると話す。
「今日のような分裂と地政学的リスクが増大している世界では、人々は政府による信頼に替わる選択肢を維持し、政府のある行動によって、彼らの信頼の源をすべて排除されることがないよう、望むかもしれない」
サトシの夢の今日的意義
「ではどうすれば、この新しいニューノーマルで信頼を構築できるのか」と問いかける氷見野氏は、サトシ・ナカモトが示した答えがその1つではないかと語る。
「考えられる可能な選択肢としては、ピアレビュー(査読)、透明性、改ざん防止のタイムスタンプ付き記録、そして効率的な検証プロセスが含まれる。それらが果たす役割が大きくなると、世界は確かにサトシが示唆した方向に進むかもしれない」
ビットコインにおけるPoWのプロセスは、マイニングを行うノードへの信頼、つまり多くの計算パワーを提供したノードがビットコインを破壊するインセンティブがないからだと考えることがベースになっている。
氷見野氏は、このようなPoWを使ったプロセスによる信頼は、ビットコインだけでなく、社会経済活動のあらゆる面で見られる現象であると指摘している。「私たちのGDPの大半はこのPoWのために費やされているといえる」と、氷見野氏は話す。
「顔に細かい刻印が入った大量の紙幣や、仕立てのよいスーツを着た豪華なオフィスにいるビジネスパーソンたち、見事なデザインのプレゼン資料、高級レストランでの接待、広告に登場する映画俳優、スマートな表紙のきれいに印刷された本、色男が渡すバラの花束、大聖堂での挙式を思い浮かべて欲しい。これらは紙幣や、洗練されたビジネス、書籍、愛や結婚といった本質的な価値とは関連しない。数兆トンものCO2が排出され、それに見合った金額が使われているのは、真剣さの表明や信頼性を生み出すためだけに行われている」
そしてサトシが提案した信頼を構築する手法を、社会全体で考えていくことこそが重要であると強調した。
「PoWが持つ社会に信頼を生み出す価値を確認し、どのようにそれを再構築するべきかを考えることこそが、私たちの社会的やり取りの効率さや効果を高める大きな可能性をもたらすことになるだろう」
そして結論として、2008年に生まれたサトシ・ナカモトの「夢」が、現代社会においてより意義を持つものだと語っている。
「それは確かに急進的な運動であり、私たちが社会構造について深く考え、根本原因をみて、変化のための根本的な手段を模索するよういざなうものだった。このような試みは、コロナやフェイクニュース、ハイパーグローバリゼーション、そして分裂の時代において、表面的な救済を超えた問題が提起される中、より今日的な意義を持つものだと思う」