ライトニング論争の隠れたテーマ ビットコインの本当の優位性はどこに…?【令和と仮想通貨 Vol.3】

「ビットコインキャッシュ。あなたのおばあちゃんでも簡単に使える。文字通りにね」

このようにツイッターに投稿したのは、2018年3月当時のビットコインキャッシュ(BCH)支持者だ。添付の画像では、ビットコイン(BTC)のライトニングネットワークとビットコインキャッシュを比較。ライトニングの方は手順が煩雑で、おばあちゃんも困った顔をしているが、操作が簡単なビットコインキャッシュの方はおばあちゃんも満足げな顔をしている。

「より優れた決済手段としての仮想通貨を目指す」

ビットコインのライトニングネットワークとビットコインキャッシュの支持者の間で、日常的に議論されているテーマだ。

ライトニングネットワークは、ビットコインのスケーラビリティー問題を解決するために開発中の技術。取引スピードの改善や手数料削減、マイクロペイメント(小額決済)を可能にすることを目指している。メインのブロックチェーン外に構築される決済ネットワークで、オフチェーン技術とも言われる。

一方、ビットコインキャッシュは、オンチェーンにおけるブロックサイズを大きくすることでスケーラビリティの問題解決を図っている。

より速く、より安く、そしてより使いやすく。決済手段として普及するには確かに重要な要素なはずだ。だが、論点は本当にそこでいいのだろうか?

このように疑問視するのは、日本に8年ほど住むビットコイン開発者のクリス・モス氏だ。

「私は現時点で『おばあちゃんでも使いやすい』が焦点になるべきではないと考えている。もっと重要なことがある。」

多くの仮想通貨支持者に対してクリスが抱くフラストレーション。それは「仮想通貨が使いやすくなれば、みんなに使ってもらえるようになるだろう」という思い込みだ。人々の習慣を変えるのは難しい。仮に日本でビットコインがSUICAやApple Pay、現金より使いやすくなったとしても人々は使わないとクリスはみている。それにもかかわらずライトニングネットワークは「使いやすさを改善するもの」とマーケティングされてしまっている。「そんなことを言う開発者はいないよ」。クリスは溜息混じりに発言した。

実は、ライトニング論争に関して同じような感想を持つ専門家は多い。決済領域での勝負は「VISAやマスターカードの勝ちで勝負はついてしまった」。元ビットコイン・コアへの貢献者ピーター・トッドも同調する。また、ワサビ(Wasabi)ウォレットの共同創業者アダム・フィッサー氏も、「ライトニングネットワークをもっとユーザーフレンドリーに」という最近の傾向について苦言を呈した。

「例えば、今すぐに別の代替手段が欲しい『ベネズエラに住むおばあちゃん』だったら話は別だけどね」クリスは言う。「その時私は、むしろビットコインキャッシュの方を勧めるかもしれない。もし利用者が単純に何かを早く買いたいということであるならばね」。

しかし、繰り返しになるが、「重要なのはそこではない」のだ。

再考:なぜライトニングネットワークが必要なのか?

「私にとって、ライトニングネットワークの最大の恩恵は、よりピア・ツー・ピア(P2P、対等な者同士)での取引ができるという点だ。ビットコインよりもだ。」

ビットコインのメインネットを使って支払いをした場合、取引記録がパブリックな分散型台帳に記載される。アドレスを覚えられたら、残高など自分の口座情報が筒抜けになってしまう。当事者同士の間だけでの取引という理想からはビットコインはまだ遠いのだ。

英国出身のクリスは、次のように続ける。

「例えば、パブでビールをビットコインで買ったら、私のアドレスを見れば私のビットコイン残高がわかる。そうすればトイレに行った時、誰か私を襲うかもしれないだろう。1980年代と90年代の英国では、パブでお金を使いすぎたらトイレでフクロ叩きにあっていたものだよ」

一方、ライトニングネットワークでの取引内容を知ることができるのは、当事者同士のみだ。クリスは、「パーフェクトな解決策はないが、オフチェーンでの取引はプライバシー保護に向けた良い解決策だと思う」と話す。

ライトニングネットワークにおけるプライバシーの高さを評価する声は多い。

先述のワサビウォレットは、コインジョインと言われる技術を採用。ビットコインの送金情報を一度プールに集めてシャッフルした後に送金することで送金者の匿名性の向上を目指している。アダムはそういった「難読化技術なしのビットコイン」と比べた場合は「ライトニングネットワークの方がプライベートだ」と指摘した。

また、仮想通貨カストディのスタートアップCASA(カーサ)のCEOジェレミー・ウェルチ氏は、「ライトニング論争は取引スピードや手数料だけでなく経済プライバシーに焦点を当てるべきだ」という意見に「100%同意」すると表明。カーサは「年齢や技術の知識レベルに関係なく誰もが(ビットコインを)使えるようになり、そして、経済面での主権を完全に獲得する」まで、独自のライトニングノードである「カサ・ノード」とマルチ署名のコールドウォレットの開発を続けると宣言した。

(ビットコイン開発者、クリス・モス氏。普段は日本のIndie Squareに勤務し、ゲームとブロックチェーン関連で新システムを開発している)

一方、ビットコインキャッシュのプライバシー面での改善についても議論は進んでいる。クリスは、賛否両論はあるとしつつも、先述のコインジョインが解決するかもしれないとみている。

ライトニングと個人の主権(Sovereignty)

「ビットコインとは、人々に主権(Sovereignty)を確保させるための1つのピースなんだ」

クリスにとって、経済面でのプライバシー確保は「より速くより安く」論争の次元をはるかに超えた話だ。経済活動における主権(Sovereignty)を握るのは私個人。「自分の取引情報をコントロールするのは自分であって、他人ではない」という思いをプライバシーという言葉に込めている。

オンチェーンでなくオフチェーンでスケーリングを目指す理由も同様だ。ブロックサイズを大きくすることでスケーリングを目指すと何が問題なのか?クリスは、「フルノード」をダウンロードすることが困難になることだと述べた。

ビットコインの意義は、ほとんどの一般ユーザーが特段の問題なくネットワーク上での取引が正しいと証明できること。つまり、「フルノード」をダウンロードして、取引の正しさを証明できることだ。「インフレになっていないか」、「自分が持っているビットコインは本当に存在するか」。誰にも頼ることなく、自分が確かめることにフルノードの真髄がある。

一方、もしブロックサイズが大きくなり過ぎれば、一般ユーザーにとってフルノードは立てにくくなる。データの送信、承認、保管に関するコストが高くなるからだ。だから第3者の助けを借りなければならなくなる確率が大きくなる。そうなれば政府や企業による検閲の話につながる。

サイファーパンクのメンバーの1人であるジェームス・ロップ氏は、自らがフルノードを使って取引するビットコインこそが「本当のビットコイン」とまで言い切った。ジェームスにとってそれは「オートノミー(自律)、プライバシー、セキュリティー、そしてリバティー(自由)」という原理原則の話なのだーー。

テクノロジーの発展と便利な生活の実現を同義に捉える人々は多い。いかに楽して生活できるようにするか。それがテクノロジーの至上命題と考える人もいるだろう。しかしクリスは、「ビットコインとは、初めて登場した『アンチ・テクノロジー』の1つではないか」と主張する。それはもっとアカデミックな話であり、もっと生活の根幹に関わる話だ。「だから長い時間かけて付き合う必要がある」(クリス)。

今後、ビットコインという社会実験は失敗するかもしれない。しかし、人々が経済的な主権を諦めない限り、ビットコインの魂は何らかの形で永遠に受け継がれるだろう。

「今はその教訓を学んでいる最中さ」。クリスは長い目線でビットコインを捉えている。

文 Hisashi Oki(大木 悠)
編集 コインテレグラフ日本版