主要メディアは仮想通貨に夢中になってきている。だが多くの報道は皆が触れようとしない問題を見逃している。その問題とは仮想通貨が投資銀行のビジネスを奪おうとしているということだ。

すでに1500種類以上の仮想通貨が存在

 最近では伝統的なベンチャーキャピタルファンドよりもICOを通じて資金を調達するほうがはるかに簡単だ。その結果、既に1500種類以上の仮想通貨が存在する。ほんの数年前には、一握りの従業員しかいない小さな会社が簡単なホワイトペーパーによる裏付けだけで、数百万ドルを調達することは考えられなかった。今では、新興企業は胸躍る発想と数十ページのホワイトペーパー(さらに少ないこともある)だけでそれを実現できる。既存のイーサリアムブロックチェーンを使用するERC20標準のおかげで、ブロックチェーンインフラを最初から構築する心配無しに、わずかなコストで誰でもトークンを立ち上げられる。

 確かに、他のより高度なプラットフォームがイーサリアムに取って代わる可能性はある。しかし今のところイーサリアムは市場の80%以上を作り出している。既存の580種類のトークンのうち、475種類がイーサリアムブロックチェーン上に存在する。

Number of tokens per platform

出典: Coinmarketcap.com, 2018年2月2日

 イーサリアムブロックチェーンの非凡さは、資金調達が信じられないほど簡単な点にある。ICOを行うスマートコントラクトを作成するだけで良いのだ。ETH(イーサリアムトークン)がコントラクトアドレスに送られるたび、コントラクトが新しく作られたトークンを発行し、それが自動的に送り手に渡される。イーサリアムは投資銀行を不要なものにし始めているので、ウォール街は恐怖感を持つべきだ。

 ブックビルディング(発行される有価証券を購入する投資家を確保するプロセス)は歴史的に見て、ウォール街にとって非常に旨味のあるものだった。そして投資銀行は、借入金を増やしたい(債権発行)あるいは増資したい(IPO)と考えている企業または政府と、資産運用者を仲介する働きをしていた。最近まで投資銀行を迂回する方法は無かったが、今はそれがある。銀行はまだその痛みを感じ始めていないが、ベンチャーキャピタリストは感じ始めている。最近ではプレICO投資家の中に彼らを見ることは珍しくない(今度のテレグラムのICOを見てみるといい)。ベンチャーキャピタルは適応しなければならない。さもなければ過去のものになる。そして次はウォール街の番だ。

Market Capitalization of tokens per platform

Source: Coinmarketcap.com, February 2, 2018

「ウーバー」化を超えて

 最初、私はこの投稿のタイトルを「ウォール街のウーバ(Uber)ライゼーション」としていた。しかし後でウーバーがしていることは銀行が既にしていることだと気づいた。すなわち、(資本の)供給と需要(投資家)を結び付け、その間で高い手数料を取ることである。ウーバーは単に、生み出されて以来進化せず、需要と供給が信じられないほど非効率的に結び付いていた分野を揺るがしただけだ。銀行は既に需要と供給を結び付けているが、ブロックチェーン技術により、少なくとも銀行が今していることはもはや不要である。

イーサリアムがいかに債券市場を揺るがすか

 ウォール街で最も収益性の高い事業の1つ、すなわち社債の発行を見てみよう。昨年、世界の企業は3.5兆ドル(約381兆円)以上の債券を発行した。現在の仕組みは次のようになっている。企業は投資銀行に、債券を年金基金や資産運営会社に発行するよう委任する。投資銀行はこれら基金の管理者にアクセスできるので、この市場を支配する。しかしICOが成功裏に実証しているように、そのような仲介者はもはや必要なく、企業はスマート債券を発行して直接投資家にアプローチすることができる。実際の仕組みはどのようなものだろうか?

発行

  1. V社は、債券の仕組み(すなわち、半年ごとのクーポンの支払いと満期時の元本の返済)を再現するスマートコントラクトをイーサリアムブロックチェーン上で作成する。
  2. IBO(イニシャル・ボンド・オファリング)への参加を希望する投資家は、ETHをコントラクトアドレスに送信し、受け取りたい最低クーポンを指定する。
  3. IBOが終了すると、スマートコントラクトは自動的にまず最低のクーポンを受け入れることを望む投資家とオーダーブックを作成する。そしてオーダーブックを満たすために必要な投資家によって債券のクーポンが決まる。
  4. 最終的なオーダーブックに入れなかったすべての投資家には、スマートコントラクトに送ったETHが自動的に返却される。

債務返済

  1. 6ヵ月ごとに、投資家はオリジナルのスマートコントラクトに設定されたクーポン(利息)を受け取る。
  • もしV社がイーサリアムの価格が大幅に上昇するリスクを冒したくないならば、ETHで支払いを行いつつその債権の法定通貨とイーサリアムの為替レートで支払いを調整することができる。クーポンを支払う前に、スマートコントラクトがオラクル(データプロバイダー)からその法定通貨とイーサリアムの為替レートを取得し、法定通貨での債券の振る舞いを正確に再現するように適切な量のETHを支払う。
  • あるいはクーポンの支払いと元金の返済を、法定通貨に裏打ちされ、信頼でき監査された金融機関で換金可能なトークンで直接行うことができる。

    2. 債券の満期時に、スマートコントラクトはクーポンと元金(同量のETHまたは、イーサあるいは法定通貨に裏付けられたトークンで支払われる同額の米ドル)の両方を払い出す。

Mechanics of a smart bond

 このプロセスにどれだけの人的行為が必要なのか? 答えはゼロである。スマートコントラクトを書く必要があるだけだ。しかし、ERC20標準と同様に、標準化された債券用スマートコントラクトがすぐに利用できるようになると期待できる。十分に吟味され審査された債券用スマートコントラクトにより、スマートコントラクトにおけるバグのリスクが軽減される。

スマート債券の大きな可能性

 債券市場の現在の仕組みは、多くの投資家を締め出している。1つの債券の購入に5000〜200000ドルが必要なことがよくある。したがって、多くの投資家は多数の債券を含む投資信託やETFを購入する以外の選択肢が無い。スマート債券なら誰でもわずか10ドルの投資で債券を得ることができる。母国に投資したい移民投資家はそうすることができ、中小企業は商業銀行が提供できる以上の新しい資金調達の選択肢を得ることができ、少額の債券を発行することもできる。そしてこれらの全てがほぼコストゼロで行える。ICOは始まったばかりで、金融市場の本当の混乱はまだ起こっていない。

著者略歴:ビンセント ローネイ(Vincent Launay)はワシントンDCにある世界銀行本部のインフラストラクチャーファイナンス専門家。 パリのHECから金融の修士号、及びCFA資格を取得。