ブロックチェーンの革命は、所有権の概念にまで影響を与え始めている。私たちはWeb2からWeb3へと移行するこのインターネットの時代を生きているが、ユーザーの摩擦は増しているように感じられる。ブロックチェーンのインタラクションは複雑で原始的であり、セキュリティや使いやすさ、特にアカウント管理やログインに関しては未成熟なところが多く、人々が暗号資産の分野に参入することをためらう要因となっている。
アカウント抽象化(Account Abstraction)は、人々が自分のアカウントとしてスマートコントラクトを使用し、ウォレット管理のための柔軟なガバナンスルールを設定できる技術だ。暗号資産の領域での強化されたユーザールールとセキュリティ対策を取り入れることを目指している。
アカウント抽象化という概念がもたらす大きな革新は、スマートコントラクトを使ってウォレットとその周りのガバナンスルールを実装することだ。これらのアイディアは、Argentをはじめとする複数のスマートコントラクトアカウント、またはGnosisのようなオンチェーンのマルチシグを最小限のガバナンスで実装する形ですでに実現された。
この分野では、過去数ヶ月や数年にわたり多くの進展があり、いくつかの標準化の試みが行われてきた。最近多くの注目を集めている標準は、ERC-4337として知られている。この標準は、与えられた柔軟なガバナンスにおいてさまざまなタイプの操作を実装するための包括的なフレームワークを提供する。
改善したユーザーエクスペリエンスと柔軟なセキュリティ
アカウント抽象化のおかげで、同じトランザクション内で異なる契約に対して複数のアトミックコールをスマートアカウントで実行することができ、典型的なDAppsのナビゲーション(たとえば、ERC-20トークンの承認とその後の預け入れのために2つの異なるトランザクションを送信する必要はなくなる)やユーザーのセキュリティの向上だ(たとえば、ENSがスマートコントラクトアカウントによって直接実行される)。
革新的なソーシャルリカバリーメソッドへの道
アカウントレベルでの複雑な操作を可能にすることで、アカウント抽象化はソーシャルリカバリーなどのさまざまな高度なユースケースを実現することができる。このシナリオでは、ユーザーは信頼できるガーディアングループを指定して、アクセスを失った場合にアカウントへのアクセスを許可することができる。EIP 5883および最近のEIP 7093は、このようなソーシャルメカニズムを実装するための興味深い方法を概説している。
さらに、ユーザーは、アクセスの喪失時にアカウントの回復プロセスを開始するためのしきい値とルールのセットを指定することができ、これにより暗号資産のユーザーエクスペリエンスが劇的に向上する可能性がある。
BLS/Schnorr署名集約
ECDSAの限界は、スキームが署名の集約を効果的にサポートしていないことだ。しかし、BLSやSchnorrのようなスキームは、この点で大きな利点を持っている。これらのスキームでは、複数の署名を単一の署名に集約することができるからだ。従って、これにより、トランザクション毎のオンチェーンデータの要件を大幅に削減することができ、これはスケーラビリティとコスト効率の向上に直結する。
アカウント抽象化とハードウェアウォレット
アカウント抽象化の概念は、スマートコントラクトにおけるさまざまな資産管理において、ガバナンスを強化する。マイクロペイメント用のウォレットを利用する際、これらのガバナンスルールは、低価格で取引の実行を容易にする。逆に、高額な取引の場合、高度なセキュリティが最も重要であり、ハードウェアウォレットは圧倒的に有利な選択肢となる。
例えば、アカウント抽象化によって以下が可能となる。
- ポケットマネー:スマートフォンでのパスキーを使用した小遣いの支出。
- 高額取引:ハードウェアウォレットの署名とWeb3ファイアウォールが必要。
- ID 管理:ハードウェアウォレットの署名 + パスキー + タイムロック + Web3ファイアウォールが必要。
ユーザーの信頼の基盤としての役割を果たすため、ガバナンスルールはハードウェアウォレットを使って実施される必要がある。実際、アカウント抽象化がセキュリティモデルを変えるとしても、ウォレット自体に強固なセキュリティが必要である事実は変わらない。ガバナンスルールの設計は、その変更を担当する鍵を守る必要が出てくると言う観点は特筆すべき点だろう。
さらに、アカウント抽象化と対話するさまざまな署名者は、自分たちが本物だと証明するための秘密(プライベートキー)を持つ必要がある。この秘密を保護し、ブロックチェーンの操作に同意するための必要な情報をユーザーに提供することは、アカウント抽象化のフレームワークにおいても重要だ。
アカウント抽象化の複雑なオンチェーンルールを可能にする能力は、暗号資産ユーザーにとって根本的なゲームチェンジャーとなる可能性が高い。とりわけスケーラブルなLayer 2では、アカウント抽象化は、イーサリアムレイヤー1に根差しレイヤー2のコンセンサスで執行される複雑なガバナンスルールを定義するユーザーにとって、デフォルトの選択になるかもしれない。
著者 Milan ORBAN, News & Thought Leadership Lead, Ledger
Ledgerは 2014年に誕生した仮想通貨のハードウェアウォレットの会社。拠点はフランスにあり、現在はLedger Nano XとLedger Nano S+、Ledger Nano Sという3種類のハードウェアウォレットを製造・販売している。Ledger Nano S +は2022年4月4日発売の最新作。Ledger Nanoシリーズに接続して使うソフトウェアであるLedger Liveを、全ての仮想通貨サービスが1箇所に集まるプラットフォーム、いわば「Web3.0のハブ」にすることを目指している。公式サイト:https://www.ledger.com/ja