「金融プライバシー」は、どちらかというと日本人には馴染みのないコンセプトだと思っていた。

政府や大企業による中央集権的なデータ管理が進むキャッシュレス社会において対抗軸として考えられるビットコイン。「自分のお金を管理するのは他の誰でもない自分である」と掲げる金融プライバシーの背景にあるのは、「自律(Autonomy)」や「主権(Sovereignty)」といった西洋思想における概念だと思ったからだ。

プライバシーや匿名性の観点からまだ課題の多いビットコイン。しかし、金融プライバシーの充実こそビットコインの本当の価値と考える人々は、米国や欧州の出身者に多い印象だった。サイファーパンクのコミュニティにも日本人をはじめアジア人の存在感はほとんどない。

100倍レバレッジで有名な仮想通貨取引所ビットメックスのアーサー・ヘイズCEOも、金融プライバシー論者の1人。より多くの人々が金融プライバシーに気づけば、ビットコインの価値はこれまで以上に上昇するという持論を持っている

台湾で開催されたアジア・ブロックチェーン・サミットに訪れていた本人に「まるで西洋哲学みたいですね」と聞いたところ、驚くべく回答が返ってきた。

「その考えは違うと思うよ。だって、アジア人の方が政府のことを信用していないではないか」

米国出身のヘイズ氏は、迷わず断言。アジア諸国では政情不安や高いインフレ率などから多くの富裕層が財産を金(ゴールド)で保有しており、政府から隠していると解説。実際、中国やインドの金の所有率は米国や西ヨーロッパ諸国より格段に高いと指摘した。

常に変わりゆく政治の潮目から財産を守るという本当の歴史がアジアにはあった

一方、ヘイズ氏によると、欧米諸国はアジア諸国より「政府のことをはるかに信じている」。「俺たちを絶対に裏切らない」と心の底では思っているという。

ヘイズ氏は、最近配信したニュースレターでも以下のような発言していた。

「アメリカ人はアメリカが大好きだ。アメリカの都市を歩いてみるがよい。星条旗で飾り立てた人々をたくさん目にするだろう」

また、米国人や欧州人は「かなり規制された株式市場」で取引することに慣れており、「全ての種類の金融商品が銀行での取引を前提としている」(ヘイズ氏)。一方で、アジアの多くの国々では銀行が提供する金融サービスにアクセスできていない人々も多い。そんな中、「いつでもスマホからログインができてブローカーか誰かに騙されることなく取引できる」というのは「かなり魅力的だ」。

「だから、ビットコインや仮想通貨に対する需要はアジアから来ているのさ」

もちろん、ビットメックスもアジアでの展開に力を入れている。

(アジア・ブロックチェーン・サミットでインタビューに答えるビットメックスのアーサー・ヘイズCEO)

潜在的に政府を信用していないアジアの人々。彼らが金融プライバシーの重要性に気づくのはいつなのだろうか?このように尋ねると、ヘイズ氏は、「段階的」なプロセスではなく「突然」やってくるウェイクアップコールがきっかけになるだろうと予想した。

「おそらく人々は、『やばい、ポルノを見たかったんだけど、政府が『もうポルノサイトでの決済を許可しない』と言い出した』。(中略)『(キャッシュレス決済アプリで)私がこれまで取引をして来た人々と取引できなくなった』。一度、人々がプライベートや家でやっていたことをはっきりと認識した時、そしてそれが官僚たちの願いによって妨害された時、人々はどうやってプライバシーを守れば良いか探し始めるだろう」

ヘイズ氏は、コインテレグラフ日本版とのインタビュー翌日、「破滅博士」の異名を持つニューヨーク大学のヌリエル・ルビーニ教授と討論した。決済分野においてビットコインがアリペイやウィーチャット・ペイより劣ると主張するルビーニ教授に対して、ヘイズ氏は「ユースケースが違う」と切り返した。

「ウィーチャット・ペイは便利だ。(中略)スイカを買うくらいなら良いだろう。しかし、もしあなたが政治活動家だったら?銀行システムへのアクセスを拒否されるね」

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「みんながビットコインをコーヒーで買えるようになる時代が来るのか?」など、決済手段としてのビットコインを前提に疑問を持つ人は多い。しかし、ヘイズ氏にとって、本質的な課題はそこにはないのだ。

「トレードはエンタメ」であり「投機は人間の性」であると言ってのける一方で、ヘイズ氏が見ているのは、その技術が可能にする5~10年後の長期的な価値だ。

最も西洋諸国に近いアジアの国とされる日本はどうなるのだろうか。

他のアジア諸国に比べて「政情不安」はない。では日本人は、政府を信用しているのだろうか?もちろん、立場によって答えは様々だろう。ただ、老後2000万円問題などで政府に頼れなくなることが分かり始めた昨今、自分の身は自分で守らなければならないと考える日本人は増えているのではないだろうか。そして、そんな時、ビットコインや仮想通貨の本当の価値に気づく人も多くなるのかもしれない。

文 Hisashi Oki
編集 コインテレグラフ日本版