2014年3月に設立され、システムが安定的なことが特徴の仮想通貨取引所BTCボックス社の辻治俊社長は、2019年を「ビットコインが価値あるものだということを証明できた」年だったと振り返る。その一方で2020年は「普通の金融業界になる年」と話し、ハンディキャップを討ち払わなければならないと課題を挙げた。仮想通貨業界で実績をもつBTCボックスを率いる辻社長がコインテレグラフジャパンに2020年の展望を語った。

2019年は仮想通貨にとってどんな一年だったか

2019年1月、年初はBTCの価格が30万円台までに沈み込んだままで、業界全体としても諦めムードが漂っていた。このような状況下で、次のステージがどこだと望遠鏡で覗き込んでいると、5月から6月にかけて、目の前で130万円の大台を見ることができた。ビットコインが価値あるものだと言うことを証明できた瞬間だった。証券の世界で言う半値戻しの復活だ。

また、中国の動きも印象的だった。ブロックチェーン大国を目指すという構想の中で、技術としてのブロックチェーンを将来の成長ツールの中核と据えながらも、そこで管理されている通貨は浸透させないと言うアンバランスさ。中国の自己中心主義の中でどのような新しいブロックチェーン技術が生まれてくるのか非常に興味が湧いている。

2020年、仮想通貨やビットコインにとって大事なキーワード・テーマは?

①レバレッジとトラベルルール
これらのキーワードにより、2020年は、仮想通貨交換業界が普通の金融業界になる年だ。ゴールドのように運用の術がなく希少性だけで価値を維持している仮想通貨が、運用がある法定通貨と同じようにレバレッジ倍率は制限され、コインの移動も制限的に運用する他なくなる。このようなハンディキャップをどのように打ち払うのか、経営者として知恵をしぼる他ない。

②トークン(草コイン)
2017年のICOと草コインの淘汰、草コイン取引所の閉鎖が大きなうねりになった2019年。これに対し、2020年はトークンの時代の幕開けを期待している。改正資金決済法及び金融商品取引法により仮想通貨トークンの法規制上の位置付けが明確になった。規制が明確になったことで、発行の枠組みが整った。

トラベルルールは暗号通貨のあり方を変えるか?

トラベルルールは仮想通貨交換所やウォレット業者などを含む仮想資産サービス提供者(VASP)間で、仮想資産送金時に顧客情報をお互いに共有することを定めたルールだ。

FATF勧告により、2020年に日本国内でも情報共有ルール、プロトコルなどの整備を進める必要がある。しかし、冷静になって考えて欲しい、なぜこの新興の業界において伝統的金融業界の雄である銀行業界と同じような巨額な投資を前提にした話が出ているのだろうか。

FATFがVASPに求めている「トラベルルール」の内容は非常にシンプルなもので、従来の金融、銀行と同じ水準でAML対策を求めているに過ぎない。だから、これを否定することはできないし、単純すぎて修正の余地も見出せない。

このようなルールは暗号通貨の根幹思想にタッチしてしまうという懸念があるが、金融インフラとしてこの業界が成立するためには、どうしてもクリアしなければならないハードルを設定されてしまった事こそが大きな問題である。拙速に考えれば、SWIFTのような特殊な通信プロトコルを業界共通として設定し、巨額な資本でそのネットワークを構築すれば済む。つまり、銀行業界と太いつながりを持てば、ノウハウも資金面の課題も解決できる。だが、それでいいのだろうか。

今までに銀行が構築したシステムなどと比べ、暗号化を前提にした情報をメールのような手軽な手段で送れる暗号通貨の送金方法は非常に特殊なものである。

本来、暗号通貨が持っていた独自の特性、性質などは、従来型の送金プロセスが義務付けられることで、「普通」の送金方法に近づいてしまい、スピード・コスト共に世の優位性を確保できなくなることを危惧している。ましてや、フィアット通貨のように運用の術がなくGOLDと同じように希少性だけで価値を維持している暗号通貨は、それ自体の存在意義と実用性に対して、その対策によっては、大きな影響が出てくるだろう。

今までは、現状の延長線上で、取引所が暗号通貨の移動に関して中心的な役割を担っていくことを前提にした議論もあったが、もう一つの方向性は、取引所機能と資産移動機能の分離が進む可能性である。

P2Pの世界で繁栄している暗号通貨は、その移動において取引所にこだわる必要はない。個人が納得して安心できる送付先アドレスに自己責任で移動させることは、暗号通貨が本来求めている姿ではないのか。そのためのインフラは秘密鍵を保管する個人ウォレットと移動機能を持ったウォレットアプリである。そして、取引所は暗号通貨の流通に特化する。このような状態が常態化してきても、取引所経由の移動がなくなるわけではないので、取引所としての「トラベルルール」対応は必須なのだけれど。

この業界が、どのようにネットワークやプロトコルを構築し、伝統的な金融業に対してフィンテックを活用した斬新な対策を提示してくれるかに大いに期待している。 

2020年の金商法施行で新たなトークンエコノミーの幕開けが

日本においては、2017年にICOバブルが発生し、2018年には規制により様々なプロジェクトが一気に収縮した。多くの草コインが海外取引所に場所を移し、取引を行なっていたが、2019年には海外の取引所においてもそれが難しくなっているのが現状だ。規制なき草コイン取引所が世界的に衰退するタイミングで、日本においてはその準備が整いつつある。

日本ではセキュリティトークン、ユーティリティートークンに対する法的位置付けが明確になり、2020年には法的枠組みの中での、トークンエコノミーがついに始まる。この枠組み中で新しい経済圏が増えていかなければ、暗号通貨にも未来はないとも考えている。

ユーティリティートークンにおける多様性は当然だが、セキュリティートークンにおいても、暗号通貨が単純な債券や株券の代わりではなく、トークンとして機能するよう、その利益請求権と株券価値が分離して流通できるようなワラント形式のもの、株主優待受取機能付きトークンなどバリエーションに富んだトークンが発行されることを期待している。

板取引の規制と公正価格について

暗号通貨の板取引がなくなるという噂がネットで出ているが、私はそのようなことは決して起こらないと考えている。

証券の歴史では、板を規制するというよりも、板をコントロールするというような方法がとられてきた。市場では、公正だと思っていた価格が、ある瞬間100%崩れる可能性が常にある。そのそうな大暴落が起こった場合には、公正価格に戻るまで待つのではなく、その場で取引を止めるべきだという考えが一般的である。何が起こったのかを誰も理解していない状況というのは、取引をやってはいけない。

なぜなら、取引における現時点での価値が定まっていないからだ。誤った情報などで価格が大きく操作された場合に、頭を冷やして公正な価格を考えなおすために、サーキットブレイカーというものが導入された。日本には証券取引等監視委員会があり、各社にはそれぞれ売買管理室というものがある。皆で異常な注文を引っ張り出して、板をキレイなものにするということが行われる。

GOLDでもFXでも業界の代表企業が公正価格を決める責務を勤めていた時代があった。金利の世界でもLIBOR(ライボ)やTIBOR(タイボ)と呼ばれる金利が市場の公正価格を示すと考えられていた時代があった。しかし、公正価格の権威は地に堕ち、個別の相対取引が行われるに過ぎない状況に今はある。暗号通貨においても、各取引所が適正な注文を適切にマッチングしている。このことが重要なことだと思っている。

「暗号資産」という言葉について

BTCBOXでは今現在「仮想通貨」という言葉を使用しているが、債権などの金融資産に馴染みがある人にとっては、「通貨」か「資産」かという点にそこまでこだわりはないと考えている。なぜなら、それが、ビットコインであろうと、イーサリアム上のセキュリティートークンであろうと、そのものの有効性、性質をベースにしてポートフォリオを眺めるからだ。

法規的な観点からみれば、「暗号資産」という言葉自体は、通貨主権に対するこだわりを反映していると考えている。本来、通貨というのは通貨主権に基づいて発行される価値の尺度であり、貯蔵、移転の手段でもある。ところが、暗号通貨は、通貨としては貯蔵と移転の二つの機能しかない。尺度はあくまでドルであり円であるフィアット通貨となっている。

この意味においては、暗号通貨は、通貨を名乗るには実力が不足している。

中国の中央集権的デジタル通貨の誕生

ブロックチェーン大国を目指すという構想の中で、技術としてのブロックチェーンを将来の成長ツールの中核と据えながらも、そこで管理されている通貨は浸透させないと言うアンバランスさ。中国の自己中心主義の中でどのような新しいブロックチェーン技術が生まれてくるのか非常に興味が湧いている。

どこの国も同じ割合で天才と呼ばれる人が存在するとすると、中国は日本の10倍以上の天才が存在する。この10倍のマンパワーで開発が進むフィンテック技術を我々も活用できるという恩恵の可能性に大いに期待していると同時に、その第一の活用となるデジタル人民元の発行は、暗号通貨の世の中でのありようを大きく変更することになる最重要イベントであると感じている。

「現金その場限り」と言われるように、現金の匿名性の高さは、暗号通貨の比ではない、最強の匿名性を有している。しかし、ビッグデータの観点からは、暗号通貨の情報量の多さはフィアット通貨では実現できない。このビッグデータを中国は国家が管理することを宣言していることになる。個人が生活でお金を使用する状況は全て国家が情報として握ることができる。

このような管理の状況は人々に受け入れられるのだろうか。しかし、一方で、日本においても、JRの乗降データ、通信販売の購入記録など、実際にビッグデータの販売が行われている。

さて、このような暗号通貨で哲学論争を惹起するデジタル人民元が、中国が開発する最新フィンテック技術により、どのように世の中に受け入れられ、新しいデジタルエコノミーが構築されるのか興味が膨らむところだ。

アフリカの地域通貨としての普及

赤十字がアフリカで「地域通貨」を発行するというニュースが非常に印象に残った。途上国に対して寄付を行う場合、往々にして資金運用面での不正などがクローズアップされるが、ブロックチェーンを利用した場合にトレーサビリティを有した暗号通貨は、流通状況を監視できる点で画期的だ。金融インフラが未発達の国や地域で普及する暗号通貨はどんな通貨なのか。

想像すると、そこに販売所や取引所は存在しないような気がする。赤十字社が通貨の供給者として、発行と償還=償却=焼却=バーンを繰り返すことで、使用価値を保証する世界ではないか。アフリカが広域の流通経済圏を形成できれば、そこに貨幣価値の交換の世界が発生する可能性は大いにあるが、地域経済ではそこに最終消費だけが存在する経済活動となるのではないだろうか。

通貨発行の目的が支援物資の流通状況の確認=支援物資が支援を必要としている人に届いているかどうかの監視というのが面白い。ここに通貨主権の問題はない。他にもサイの角の販売のための通貨、これはサイを保護し、正当な販売・購入資格者を明確にする目的がある。このように通貨の発行目的には多様性があり、必ずしも経済的合理性を求めていない点に新鮮さがある。

アフリカにはアフリカ固有の通貨発行ニーズがありそれがどのようにこちらへ跳ね返ってくるかが重要である

法定通貨が裏付け資産のステーブルコイン

テザー社が発行するステーブルコンの話題にも注目している。ペッグに必要な裏付け資産をどの様にリンクさせ、マネジメントするかということを考えさせる問題となっている。どの様に資産の裏付けを証明し、価格を安定させたステーブルコインにするかは、根本の設計づくりに関わってくる。

ステーブルコインは、そもそも価格が安定することで、決済の場面で安全に使用することができることが特徴になるべきだ。この点に関して、どれほど、テザーは環境が整っているのだろうか。テザーに関しては、価格の安定性についての疑問、発行体の不適正さが話題になるが、本来、テザーが利用できるシチュエーションに関する話題は全くない。

日本でも大手の取引所が暗号通貨が市中で使えるための環境作りに努力しているニュースはあるが、まだニュースになるくらい目新しいものに過ぎない。

日本では反対に、本格的なステーブルコインは発行されていない。おそらく、アメリカにも今の日本程度には市中で暗号通貨を使用できる環境はあるのだろうと想像する。しかし、せっかくのステーブルコインが有効に機能している状況にはない。果たして、どれほど市中で使用できる環境が整備されていくのだろうか。

現状を見ていると、市中で暗号通貨を使用するためには、決済のための仕掛けが不足している。ウォレットによる持ち運びと決済ネットワークがもっと容易に接続できなければ、店先で「暗号通貨で支払っていいですか」と叫べない。この叫び声が大きくなってきたとき、「ステーブルコインが欲しい」という声も最大になるのではないかと思っている。その時までにコインと裏付け資産に関する法的な整理が完了していて欲しい。

BTCボックスが目指す暗号通貨のあり方

大手企業が続々と新規参入する中で、取引所として生き延びていくためには、暗号通貨をどう規定し、どの機能を中心にするのかが重要になっている。

我々の社名にもなっているBTC=ビットコインは究極の独立性を有した特異な存在だ。度々、比較されるGOLDとは違い、発行の上限、プロセスなどが全てオープンソースのプログラムに刻み込まれているからだ。数量上限が不明なGOLDを超える透明性と独立性を備えたビットコインを、今後も当社のアイデンティとして大切にしていきたい。その透明性と独立性から、その中心となるべき機能は、広くビットコイン経済圏における、「通貨=価値尺度、価値保存、価値移転」としての機能である。「通貨」としてその経済圏の中心に存在するビットコインこそあるべき姿だと考えている。

事業として目指しているのは、投機としてしか使用されていないビットコインに、実用性、決済性を持たせることに重点を置いている。メインチェーンでの拡張性(スケーラビリティ)問題を解決するセカンドレイヤーの技術が実用化され始めており、複数のサイドチェーンで、ビットコインが裏付け資産となった通貨が発行されている。2番目の層でバーチャルなビットコインを発行することで、実用性が大きく向上する。

スケーラビリティ以外には小数点の問題もあり、小数点第8位のSatoshiという単位があるものの、日常的には使用されていない。一般のユーザーが通貨として使用できるために、BTCの補助通貨となるトークンをサイドチェーンで発行するアイデアも非常に面白い。

当社は、ビットコインを中心とした新しいネットワーク経済圏の一端を担いたい。

【著者】辻治俊(ツジ ハルトシ)。1979年、株式会社三和銀行に入行。1982年から97年まで、国際資金通貨部門で為替・資金・デリバティブのディーラーとして勤務し、87年にはブラックマンデーを経験。その後、グループ内の三菱UFJ証券株式会社に異動し、2005年に経理部長、2010年にはIFRS移行推進室長などを歴任。2019年にBTCボックス株式会社の代表取締役社長に就任。

【企業情報】

BTCボックス株式会社

仮想通貨交換業者 関東財務局長 第00008号

日本仮想通貨交換業協会(JVCEA)会員番号 1008

会社概要:https://blog.btcbox.jp/company-profile