新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けてテレワークが進む中で、障害となっている「ハンコ文化」。他人との対面を防がなければいけない状況でハンコを押すためだけに出勤せざるを得ない人が続出している。ハンコは契約ややりとりの「正しさ」を証明するために使われるものだが、伝統的な慣習が私たちの生活を苦しめている。ただ、ブロックチェーンによってこの「正しさ」の証明を変えられるかもしれない。

「基本的になぜハンコがいるのかというと、本当は合意したはずなのに、合意後に言った、言わないと意見が異なることが起きるからだ」

ビットフライヤーブロックチェーンCEOの加納裕三氏は「契約していない、と主張されると困るからハンコが必要になっている」と分析する。

実際に会社の中だけの問題であれば稟議を通せばよく実際はハンコはなくてもいいはずだが、慣習的にハンコを用いている会社は多いのが現状だ。

今問題になっているのはこの民間で「ハンコがいらないのに使っているケース」、つまり実印ではなく認印や押印を使っている場合だ。

加納氏は「多くが慣習の問題であって、実際には署名で済むはずの内容もある銀行でさえハンコではなく署名で大丈夫なケースも実は多い」とハンコの有無は本質的に問題ではないケースが多いと指摘する。

「正しさ」の証明

実際にはこの「言った言わない」の問題を解決できる方法が、ハンコの他に見つかれば良い。つまり民間同士のやりとりでいかに「正しさ」を証明できるかが重要なのだ。

ただ、この「正しさ」を証明するのは非常に難しく煩雑な作業だ。例えば裁判で最も大変なのが「『正しさ』を証明することのめんどくささ」(加納氏)と話す。

裁判では裁判所に書類を提出した人がこの「正しさ」を証明しなければいけない。加納氏は「もちろん相手は何もやってくれないので自分で証明しなければいけないが、これは非常に難しい」と指摘する。

そこで必要になってくるのがブロックチェーンだ。加納氏は以下のように考える。

「民・民の契約では法律で定められたフォーマットがあるわけではない。とにかく合意ができればOKだ。その時に有効となるのがブロックチェーン技術。なぜなら改ざん耐性があるし、ログで記録を追うことができるからだ」

このようにブロックチェーンは「正しさ」を証明することで、ハンコ文化を変える大きな可能性を秘めている。

Amazonの受け取りにハンコは使わない

ハンコだけではなく電子署名が普及すればさらに「ハンコ文化」のデジタル化が進むことが考えられる。

ただ、ここでも問題になるのが「正しさ」の証明だ。

例えばAmazonの受け取りで多くの人はあまり意識せずに受け取り荷物に署名をするだろう。

しかしもし、Amazonが配達したはずなのに、受け取り側が「受け取っていない」と主張する時に、署名が本物であるかを証明することは難しい。この場合、Amazonは筆跡鑑定などを通して相手の署名が確かに相手が書いたものと証明しなければならないが、その手続きには時間とコストがかかる上、再配達しても少額であるため問題にしていないと推察される。

米国ではサインを登録する「ノータリー」という制度があり、署名を証明できるが、日本では印鑑登録はあるものの、正式な署名登録制度はない。そのため、ブロックチェーン署名が日本で利用されれば、署名の正しさを証明することが広がるかもしれない。

さらにブロックチェーンの利用は被告側にも利点がある。

「印鑑を押したから認めなければいけない」という日本人ならではの事情だ。

「ここも慣習の問題だが、消費者側も『ここに印鑑ありますよ』と迫られたら泣き寝入りしてしまう。もしかしたら全然違う人が印鑑を押していたとしても、人間はその『重み』に負けてしまう」

ブロックチェーンを使った証明はこうした課題も解決する。

加納氏はハンコにはこうした「慣習」面での問題、さらに「法律」、そしてブロックチェーンやUIUXなど「技術」の3点の改善が普及の課題になると考えている。

マイナンバーとの紐付け

ハンコの利用はただ利便性だけではない。普及の先にあるのはマイナンバーとの紐付けだ。

加納氏は2019年10月、代表を務めるビットフライヤー・ブロックチェーンでbPassportというサービスを構想していることを発表。「マイナンバーに紐づけられたbPassportであれば本人性の証明がより強くなる。まだ判例はないが、技術的に絶対に強い」と自信を込める。仮想通貨取引所のサービスであればKYC(本人確認)も済んでいる。

国民のIDであるマイナンバーとそれを証明できるデジタル署名やハンコが普及すれば、「会社に行かなければ契約できない」という事態は防げるかもしれない。

加納氏は「民・民の契約で、ハンコじゃなくてもワークすることを示したい」と話した。