日本が令和に入ってから矢継ぎ早に、インターネットの暗部から情報発信する人物やサイトに対する法執行の波が打ち寄せている。
5月1日には告発サイト「ウィキリークス」創設者ジュリアン・アサンジ氏がイギリスで保釈中に当局に出頭しなかった罪で、約1年間の禁錮刑を言い渡された。さらに5月3日には匿名化ツールを使ってしか接続できない「ダークウェブ」上の売買サイトとして世界2位の「ウォールストリート・マーケット」の創設者等5人が米国とドイツの捜査当局に逮捕された。
特に「国家の敵」となった今もふてぶてしく法の支配を無視しつづけるアサンジ氏は、ビットコイン誕生の源流となった90年代の「サイファーパンク・メーリングリスト」のメンバーの一員で、その反骨精神は「サイファーパンク運動」に啓発を受けている。(参考「サイファーパンク インターネットの自由と未来」ジュリアン・アサンジ (著))
国家や巨大IT企業がますます大量のデータを手にし大きな権力を振るう今だからこそ、暗号技術による社会変革を目指す「サイファーパンク運動」の起源を遡ってみるのも面白い。
「サイファーパンク運動の応援団長」ティム・メイ
90年代、米国によってかけられた暗号技術の輸出規制に対する反発※の意味もこめられた「サイファーパンク運動」は、「クリプト無政府主義」を掲げるティム・メイの檄によって火がついた草の根運動だ。(※政府と民間による暗号技術を巡った攻防は「クリプトウォーズ」ともいわれる。)
サイファーパンク運動に身を投じるまでインテルの技術者だったティム・メイは12才で「銃所有クラブ」に参加し、中学校でアイン・ランド『肩をすくめるアトラス』を熟読するなど根っからの自由主義者だったという。
80年代後半には「ウィキリークス」の原型ともいえる「ブラックネット」を構想。「国家、輸出規制法、特許法、国家安全保障」を「サイバー空間時代以前の遺物」と切り捨て、暗がりの中から「個人が主権をもつ生き方」を啓蒙しようとした。
そんなティム・メイが「ブラックネット」で使える、政府が追跡できないデジタル決済技術として目を付けたのが暗号学者デイビッド・ショームの論文だった。1976年に米研究者ホイットフィールド・ディフィーとマーティン・ヘルマンが提案した「公開鍵暗号」を使ったデジタル決済手法について書かれている。メイはこの時期に「公開鍵暗号」こそが社会の権力構造を変えると確信したようだ。
1988年にはカール・マルクスの「共産主義宣言」の文体を踏襲した「クリプト無政府主義宣言(The Crypto Anarchist Manifesto)」を発表。同文章は後にサイファーパンク運動に共感を覚える若者に影響を与えた。ビットコイン創始者として知られるサトシ・ナカモトの「ビットコイン論文」にも引用される研究者ウェイ・ダイ氏も同宣言に深く影響を受けたとしている。
ちなみに「クリプト無政府主義宣言(The Crypto Anarchist Manifesto)」は1992年、設立されたばかりの「サイファーパンク・メーリングリスト」のメンバーに以下のように共有された。
From: tcmay@netcom.com (Timothy C. May)
Subject: The Crypto Anarchist Manifesto
Date: Sun, 22 Nov 92 12:11:24 PST
世界の「サイファーパンク」達へ
昨日シリコンバレーで開催された「サイファーパンクオフ会」に出席していた数名から、もっと会で配布された資料をサイファーパンク・メーリングリストに参加する全メンバー(そしてスパイや盗聴者)向けに共有してほしいと頼まれました。
そこで1992年9月の(サイファーパンク・メーリングリスト)設立ミーティングで朗読した「クリプト無政府宣言(Crypto Anarchist Manifesto)」をここに共有します。もともと1988年半ばに書いたものですが、以来「クリプト88年」会議、そして同年「ハッカーズカンファレンス」で同じような思想をもった無政府主義志向の技術者向けに配布しています。1989年と1990年の「ハッカー」イベント向けの講演でも使いました。
修正しようかと思う箇所もあるのですが、歴史的な記録という観点からそのままにしておきます。また、文中で使われている語句にはあまり馴染みのないものもあると思いますが、その場合は今ほど配布した「クリプト用語集」を参照してください。
(それによってメール署名にある暗号技術用語がどういう意味かわかると思います!)
--Tim May
公開鍵暗号技術が国家の独占から解き放たれ広く普及してからは、サイファーパンクは一度その役目を終えたといえる。
だが仮想通貨が元々の理想から離れつつある今、個人の力を強くし、個人が主体的に生きることを暗号技術を使って可能にする「暗号通貨」というその言葉の原義を今こそ思い出す必要がある。
またデータ資本主義がその隆盛を極め国家と巨大IT企業の権力がますます強くなる今日、ティム・メイの檄を読み返し巨大権力 vs 個人の間で繰り広げられる新たな「クリプト・ウォーズ」(暗号技術を使った個人主権を守るための戦い)に備えるのも良いだろう。
ここにティム・メイの情熱がこもった文章の全訳を掲載する。
「クリプト無政府主義宣言」
The Crypto Anarchist Manifesto
(暗号技術がもたらす権威的存在のない世界)
Timothy C. May(ティム・メイ)著
1988
Timothy C. May
ひとつの幻影が現代社会を徘徊している──暗号技術によってもたらされる、権威的存在のない世界「クリプト・アナーキー」が。
コンピューター技術は今、個人と組織が完全に匿名で会話し、やり取りすることを可能にしようとしている。お互いの本名や法的身分を明かすことなく二者間でメッセージのやり取りや、商取引、電子的契約の交渉ができるようになる。暗号化されたデータパケットの広範囲リルーティングや、どんな侵害もほぼ完璧に防ぐ暗号プロトコルを搭載した耐改ざん性を有した仕組みのおかげで、ネットワーク上のやり取りは追跡不可能になる。そして、そうしたネットワーク上のやり取りにおいては「評判(Reputation)」が今日普及している信用格付けよりもはるかに中心的な位置づけとなる。こういった新たな動きは、法規制の意義を根本から問うとともに、政府が有する徴税・経済活動の管理・情報隠ぺいする能力に多大な影響を与える。さらに「信頼」や「評判」の性質さえも変えてしまうだろう。
この社会的かつ経済的な革命を可能にするテクノロジーは、理論的には10年前から存在していた。すなわち「公開鍵暗号」*と「ゼロ知識対話式証明」に加え、対話・認証・検証するための様々なソフトウェア・プロトコルを基盤とした手法だ。これまでは(米国家安全保障局にも注視される)欧米の学術的会議での議論に留まっていた。ところが最近になってようやく、コンピューター・ネットワークとパーソナル・コンピューターの性能が上がり、これらアイディアを実現するのに十分なレベルに来た。次の10年間で処理速度はさらに上がり、これらアイディアが経済合理性をもって動きだし、実質的に止められないところまで持っていくだろう。高速ネットワーク、ISDN、耐改ざん性をもったセキュリティ機器、スマートカード、衛星と衛星通信機器、マルチMIPS搭載のパーソナル・コンピューター、そして現在開発が進む暗号化チップも、さきに述べた変革を起こすための技術の一部となっていくだろう。
(*「公開鍵暗号」とは:暗号化と復元に異なる鍵を使う暗号アルゴリズムで、現代暗号の基礎となっている。ビットコインを含むほとんどの仮想通貨がこの公開鍵暗号を軸に組み立てられている。)
当然のことながら、国家はこの技術の発展と拡散を遅らせるか止めようとするはずだ。その際、国家安全保障上の懸念、麻薬ディーラーや脱税者による悪用、社会規範崩壊の恐れ等を理由として挙げるだろう。そしてこれらの懸念をもつのは正当なことだ。暗号技術がもたらす無政府主義状態においては、国家機密が自由に取引され、違法な窃盗物の売買が可能になるからだ。コンピューター上の匿名マーケットはさらに、暗殺や強要のための忌まわしい市場の出現さえも可能にしてしまう。様々な犯罪者と海外分子が「クリプト・ネット」のアクティブなユーザーになるだろう。だがこれら(ネガティブな側面)は「クリプト無政府主義」の拡散を止めはしないだろう。
活版印刷技術が中世の特権的ギルドの力を弱め社会の権力構造を変革したように、暗号学的手法は企業の意義、経済取引における政府介入の意義を根本から変えてしまう。
勃興する情報市場と相まって、「クリプト無政府主義」は言葉と画像に置き換えられるいかなるもの、すべてのものの流動市場を作り出す。
西部開拓時代、小さな発明と思われた「有刺鉄線」が広大な農場の区画を可能にし、「土地」と「所有権」の概念を永遠に変えてしまった。同様に、数学の難解な一分野において小さな発見とされていたものが、「知的財産」に巻き付いた「有刺鉄線」を切断するクリッパーになりつつあるのだ。
立ち上がれ!「有刺鉄線」のフェンス以外に失うものはないのだから。
<当和訳はここに掲載のある原文をもとにコインテレグラフジャパン編集部が翻訳・編集したものです。>
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