プライバシーを重視するユーザーから厚い信頼を寄せられてきた暗号化チャットアプリ「シグナル(Signal)」が、ユーザーに対する背信疑惑に揺れている。
きっかけとなったのがシグナル創業者との深い利害関係がささやかれる「モバイルコイン」を使った決済機能の導入だ。モバイルコインの流通に関する情報が不透明な上、今回の導入に関するアナウンス以前から大きく同通貨の価格が上がっていたため、シグナル創業者によるインサイダー取引があったのでは、と疑う声がユーザーから出てきたのだ。さらにはシグナルが採用したモバイルコインが分散型の仮想通貨ではなく、集権的な仕組みを採用しているという技術自体への批判にも飛び火している。
シグナルは2013年にモキシー・マーリンスパイクス氏が米国で設立。他社のチャットアプリを遥かに凌ぐ暗号化を実現したとして、プライバシーやセキュリティを重視するコミュニティから人気を博してきた。現在では5000万人のユーザーを有するといわれる。
今回シグナルによる導入が発表されたモバイルコイン(MOB)の価格はこの一ヶ月で7ドルから55ドルに急騰。発表の前から不自然に価格が急上昇していたためにインサイダー取引を疑う声が上がる。時価総額ベースでは既に仮想通貨の中でもトップ10にはいる規模になっており破竹の勢いだ。
疑惑の焦点にあるのがシグナルの創業者であるマーリンスパイクス氏がモバイルコインの元CTOであった可能性だ。本人やモバイルコインは否定しているが、シグナルのユーザーへの裏切り行為だという声がユーザーや技術者たちから上がっている。
シグナルはオープンソースのアプリだが、約一年前よりサーバー側のコードのアップデートの公開が滞りはじめ疑念の声が上がっていた。ちょうどモバイルコインの統合が決定したあたりのタイミングだ。
モバイルコインにも批判の矛先が向かっている。その発行総数である2.5億枚が設立時に発行済みで一部が安価でバイナンスなどの大口投資家にわたっていることや、モバイルコインが採用するステラのコンセンサス(合意形成)が承認制で中央集権的であることなどが問題視されている。またプライバシー重視の仮想通貨モネロの創設者からもコードの無断登用という声もあがる。
個人情報の保護を軽視する大手チャットアプリへの不信感を背景に、ファンを増やしてきたシグナル。ここにきてユーザーに対しての背信に焦点が集まり、ユーザー流出につながりかねない事態だ。
これまでもチャットアプリがアプリ内で仮想通貨を発行したり扱おうとしたケースは多々あるがうまくいったケースはまだ数少ない。規制当局に阻まれ、仮想通貨ユーザーに人気のテレグラムは独自の仮想通貨発行の一歩手前で取りやめた他、Kikによる試みも失敗に終わった。ワッツアップを含む独自のチャット機能を有するフェイスブックによるリブラ構想の進展が遅いのも周知の通りだ。
そんな中シグナルによるモバイルコイン統合は画期的な動きともいえるが、盲点だったのがモバイルコイン自体の運営の在り方だった。
シグナルによるモバイルコイン決済導入をめぐる議論が示唆するのは、いっそう高まりつつある分散型統治の重要性だ。
急速に成長する分散型金融(DeFi)では創業メンバーを不自然に優遇しない「フェア・ローンチ」がトレンドとなるなか、モバイルコインの流通設計は違和感をもって受け入れられたかたちだ。
関連記事