巨大な中華圏マネーがいよいよ暗号資産に流れ出すかもしれないー。
そんな予兆を感じた人も多いのではないだろうか。今年(2023年)8月、香港で一般投資家が暗号資産を合法的に買えるようになったというニュースが巷を駆け巡った。中国大陸では現在暗号資産の売買が一切禁止されているが、香港ではこれが許されることになったのだ。
元々香港は英国統治時代から名実ともに国際金融センターとして機能してきた。ところが近年、政治経済情勢のあおりをうけ株式市場は冴えない。そこで香港政府はWeb3や暗号資産を積極的に取り込み再び「アジアのWeb3ハブ」になろうとしているのだ。
個人向けの暗号資産取引所(VASP)ライセンスを一番乗りで取得したのはハッシュキーだ。同社は中国の大手民間企業グループ「万向(ワンシャン)」系列の暗号資産取引所で、中国ブロックチェーン企業としては最も老舗だ。イーサリアム最初期にその創業者であるヴィタリック・ブテリンをバックアップしたことでも知られる。
今回コインテレグラフジャパンはハッシュキー日本代表で東京ハッシュ(暗号資産交換業 関東財務局長第00027号)のダン・ジ(段=ダン、璽=ジ)CEOを取材。ハッシュキーの狙いとグローバル展開の狙いを聞いた。
香港初のVASPライセンス保有取引所となれた理由は。
「規制当局との綿密なコミュニケーションに努めてきたことが大きい。ハッシュキーは2019年時点ですでに香港証券先物委員会に本来証券会社運営に必要なタイプ1およびタイプ7の免許を申請していた。2022年10月には正式に認可をうけ適格投資家にサービスを提供することができるようになった。
「2023年8月に同免許のアップグレードを受け、香港初のリテール顧客(個人投資家)向けにサービス提供できる暗号資産取引所の一つとなった。これも規制当局としっかりコミュニケーションをとり、必要な体制を築いてきたからだ。
「コネクションがあったのかと聞かれることもあるが、香港は国際金融都市として金融関連の許認可プロセスは規範化されている。いうなれば金融業としての経営管理体制をしっかり構築できる企業であれば誰でも申請できるともいえる。」
「ちなみに香港の金融当局は日本、シンガポールを含む世界中の暗号資産規制の状況をつぶさに研究してきている。その上で金融都市ならではの規制も打ち出している。例えば香港の暗号資産交換業者は顧客資産に対して必ず保険をかけなくてはならない。これは日本にはない制度だ。」
香港のデジタル資産業界に今後どういった投資家が集まってくるか考えは。
「香港は元々国際金融都市であり金融業の監督や規制もしっかりしている。中華圏の企業だけでなく世界中の機関投資家が集まる基盤がすでに存在しているといえる。
「そんな中でも暗号資産は現在、香港で最も注目されている話題の一つだ。例えば近年香港株への関心が徐々に失われつつあるが、投資家は代わりに暗号資産に注目している。暗号資産関係の規制が明確化されるにつれ、より多くの機関投資家と個人投資家が香港にやってくるだろう。」
「香港を市場として見ても、超富裕層やファミリーオフィスに加え個人投資家も多く、投資意欲は高い。日本にはまだないが、香港ではすでに一般の証券口座から直接ハッシュキー取引所経由で暗号資産が買える仕組みが整備されつつある。現在数十社の証券会社と連携済みだ。
「これに加え香港の上場企業もハッシュキーを通して暗号資産投資を計画しているところも多い。」
ハッシュキーの今後のビジネスモデルは。
「コンプライアンスを遵守する暗号資産取引所が今後の主流になる。ハッシュキーの事業モデルは、暗号資産取引所にとっての新しい規範となる可能性がある。」
「また取引所ビジネスだけでなく、金融とテクノロジーの両面でWeb2とWeb3の世界をつなぐ事業を展開していく。ハッシュキー独自のエコシステムを基盤として、金融プラットフォームを構築するのが狙いだ。デジタル決済、国際貿易、AI、エンタメ等多くの分野で使いやすく革新的なプロダクトをつくっていく。」
香港ドルのステーブルコインをどう見るか。ハッシュキーとしての参与は。
「香港ドルのステーブルコインは香港がWeb3ハブになるためには非常に重要だ。法定通貨と暗号資産間の経路を拡大し、Web3への資金流入口を拡大する。そうなるとDeFi、NFT、SocialFiでパラダイムシフトが起こるかもしれない。」
「ハッシュキーとしては今年11月、RDテクノロジー※と衆安銀行(香港のインターネット専業銀行)と組んで香港ドルステーブルコインの発行を発表している。規制当局の承認を受ければ、早いうちに規制要件を満たしたHKDステーブルコインを発行することができると見ている。実現すればハッシュキー取引所等で流通させ、HKDステーブルコインの普及を加速させることができると考えている。」
※同社のCEOは香港の中央銀行にあたる「香港金融管理局」で総裁を10年努めた経験をもつ金融政策のベテラン。
ハッシュキーは香港以外にもシンガポールや日本(東京ハッシュ)でグローバル展開をすすめている。狙いは。
「アジアの金融センターを軸にコンプライアンス重視で展開している。アジアで金融都市といえばやはり香港、シンガポール、そして日本だ。将来的には各国間の暗号資産分野での協力と交流を強化する手助けをしていく。
「例えば質の高いプロジェクトをハッシュキー香港と東京ハッシュ同時に上場させることも将来的には可能だ。例えば日本発の優秀なプロジェクトを香港でも上場してもらいたいと考えている。」
日本における暗号資産交換業界は競争が激しくコストも高いといわれる。東京ハッシュの戦略は。
「ハッシュキーグループとグローバル連携して複合的なサービスを展開していく。
「『東京ハッシュ』の取引所はいずれハッシュキー取引所とシステム及び流動性も含め連携させたい。ハッシュキー独自の暗号資産も上場させる。アプリ等のUIUXデザインにもこだわって展開する。」
「世界中のブロックチェーン技術ソリューションを提供する『HashKey DX』では、Web3に参入したいプロジェクトへの支援事業を強化する。例えば弊社はコード監査で有名な「CertiK」社の日本市場独占代理店だ。すでに多くのゲーム会社に導入頂いているが、今後も様々なソリューションを日本企業に提供したい。
日本のWEB3業界をどう見るか。ハッシュキーの商機は。
「暗号資産の取引量だけ見ると日本市場は目立っているわけではないが、日本国内には2000兆円を超す家計金融資産がある。今後日本の若い世代が相続する金融資産の一部を暗号資産に配置させる流れがあり、そこにサービス展開の余地があると見ている。
「また日本はゲームや漫画等のコンテンツ産業が非常に強力だ。一方でコンテンツ産業を支えるWeb3ソリューションが不足している。『ハッシュキーDX』ではこのWeb3ソリューションを提供して日本のコンテンツ産業を支援したい。
「個人的にも幼少期にドラゴンボールやドラえもんといった漫画に没入したことがあり、深く日本文化の影響を受けた。Web3の世界でも日本発のコンテンツや文化が世界に広まって欲しい。」
ハッシュキーのWeb3投資部門であるハッシュキーキャピタルの来年の投資戦略は。
「引き続きイーサリアムエコシステム(プライバシー、セキュリティおよびデータインフラ)だ。そして金融、ゲームおよびエンタ、ソーシャルファイ、および機関向けサービス等にも注目している。当然ビットコインや、関連する新たな技術の発展にも注目している。
「日本では本邦初パブリックチェーンのアスター、ZKロールアップのINTMAX、AI・Web3技術を土台としたVTuberプロジェクト『IZUMO』等に投資しており、引き続き優秀なチームに投資していきたいと考えている。」
初期の頃から投資してきたイーサリアムの今後をどう見ているか。
「イーサリアムの最新動向は常に把握している。今年1年でもイーサリアムエコシステム内で数多くのチャンスが台頭した。具体的には(イーサリアム技術者によって日々取り組まれている)MEV関連、AA(アカウント抽象化)、ZK(ゼロ知識ロールアップ関連)、およびIntentなどの技術分野への投資を行った。イーサリアムエコシステムがより繁栄する未来を強く信じている。」
イーサリアム以外に注目しているエコシステムや、プロダクトカテゴリはあるか。
「Cosmos、Solana、Polygonなどの成熟したエコシステムに注目している。さらにMentle、Linea、Baseなどの新興エコシステムにも注目し、投資機会をうかがっている。『モジュラー・ブロックチェーン』、データインフラ、ゲームおよびソーシャルアプリケーション、機関向けサービスなどの分野もモニタリングしている。」
<終>
段 璽 (だん・じ)氏
Head of HashKey Japan
東京ハッシュ株式会社代表取締役
株式会社HashKey DX代表取締役
日中のブロックチェーン業界で8年以上の経験を有するベテラン。元中国の大手ブロックチェーン会社万向(ワンシャン)ブロックチェーンのプロダクトディレクター。ソニーグループ(東京)でソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。中国吉林大学でコンピュータサイエンスの学士号を取得。
好きな和食は刺身と焼き魚。
編集後記:イーサリアムの開発が始まった頃から同プロジェクトをサポートし続けてきた段氏。暗号資産の世界での経験値という点で、日本の暗号資産交換業の経営者の中でも最も古参のうちの一人といってもよいだろう。元技術者ならではの鋭い洞察を披露してくれた一方で、気さくに取材に応じてくれた。香港と日本のWeb3経済の架け橋となるハッシュキーの今後の動きに注目したい。
編集:コインテレグラフジャパン