仮想通貨に対する規制が厳しくなる中、仮想通貨の将来に対する閉塞感が漂い始めている。イノベーションと規制のバランスの均衡は破られ、今や規制順守に必要な知識を教えてくれる弁護士が開発者や起業家よりもてはやされる時代だ。

よく仮想通貨業界は「金融化」したと言われる。犯罪行為に対応するため「銀行並みに」厳しい規制を敷かれ始めていることを指した表現だ。マネーロンダリング、テロ、ドラッグ、そして児童ポルノ…「情報黙示録の四騎士」とも呼ばれる4つの領域で「顧客を保護」することが最優先課題となり、「経済主権」や「分散型社会」、「自由」といった元々の理想は二の次になっている。そして四騎士を盾に業界へのさらなる規制を呼びかける背後にいるのは、既得権益者たちだ。

ソーシャルゲーム運営会社gumi創業者の國光宏尚氏は、今の仮想通貨やブロックチェーンが苦戦している要因について、巨大な既得権益に真っ向から挑んでしまっている構図を指摘する。

「やはり、国家とか、ウォール・ストリートとか、シティとか金融連合とか、これ、既得権益のど真ん中でしょ。世界で最も強い既得権益は、金融街とウォール・ストリートとワシントンとかになるわけじゃないですか」

ビットコインは、国家が独占していた通貨を発行する権利を脅かす存在だ。また、フェイスブックのリブラが掲げた目標は「銀行口座を持っていない人」を助ける「金融包摂」。これは、米ドルに対する挑戦と捉えられてしまった。

確かに、まだ生まれて間もない仮想通貨・ブロックチェーン業界が真っ向勝負を挑んだ相手は、あまりにも大きすぎたのかもしれない。アメリカ合衆国やウォール街というのは、世界最強の相手だ。現実世界での戦いは、長く厳しい長期戦になるだろう(もちろん、何かの重大事件がきっかけで事態は急速に動くかもしれないが…)。

だが、悲観する必要はない。なぜなら、既得権益者がいない新しい世界で、仮想通貨の新たな息吹が芽生え始めているからだ。その新しい世界とは、VR(バーチャル・リアリティ、仮想現実)の世界だ。ここはまさに自由な世界。VRと仮想通貨・ブロックチェーン双方で事業を行う國光氏は、VRの世界について次のように話す。

「(仮想現実で)家を作っても(現実世界の)不動産会社は怒らないでしょ?アパレル作りまくっても、別に服屋さんは怒らないでしょ?この中で通貨を作ったり取引所を作っても、別に勝手にやってよという感じじゃないですか。僕はバーチャル世界の方が、既得権者がいない分、イノベーションが速くなると思いますね

現在、VR業界と仮想通貨・ブロックチェーン業界は別々に語られることが多い。しかし、今後両者は持ちつ持たれつの関係であることが鮮明になるだろう。VR業界の発展にとってブロックチェーン技術は不可欠なものと考えることができる。一方、現実世界で苦戦する仮想通貨・ブロックチェーン業界にとって、VRが救世主となる可能性がある。そして、何より、VRの世界の経済規模が、現実世界の経済規模を上回る未来が来るかもしれない。

進化するVR

「5年くらい進むと視覚・聴覚・触覚はリアルとバーチャルの区別がつかなくなると思う」(國光氏)。VRとは、ある意味で五感の拡張。味覚・嗅覚に関しては技術的な課題も多いが、視覚・聴覚・触覚に関しては近い将来に実現する見込みだという。

これが意味するのは何か?

友情だったり愛情、人生の達成感だったりという現実世界の専売特許であったはずのものが、VRの世界だけで達成できるようになるということだ。ゲームの中で親友を作ったりゲームの中で結婚したり「リアルと変わらないくらいの没入感になってくる」(國光氏)わけだ。

「現段階でも『VRChat』で長時間過ごしている人、ログインしたまま(ヘッドセットをつけたまま)寝ている人がいる」

このように指摘したのは、VRやARなどXR事業を手がけるハロー(helo)の共同創業者・取締役である赤津慧氏だ。VRChatとは、ネットワーク上で多人数でコミュニケーションが取れるソーシャルVRサービスだ。

「VRで恋愛したり、睡眠をとったり、生活するみたいな、壮大な実験が始まっている。2025年ぐらいになれば、そういう人が増えてくるのではないかと思う」と同氏は続けた。

実際、すでにVRチャット上で性行為をするアバターたちも出現しているという。自身の分身であるアバターを操るのは現実世界では「おじさん同士」。しかし、仮にその現実を知っていたとしても、VR上での恋愛関係を続けるケースがあるという。

「アイデンティティが現実ではなくてVRにあるということは、現実は現実で会うんですけど、それでも仮想世界上でのみ引き続き恋愛を続けるみたいな事例が出ている」

まさにNetflixのブラック・ミラーシリーズ「ストライキング・ヴァイパーズ」のような世界が現実のものとなっているのだ。

VR上でのアイデンティティが独自に形成されることについて、面白い研究結果も出ている。VR上のアバターを美少女に設定するおじさんを「バ美肉おじさん」というが、「バ美肉」になってからジェンダーに揺らぎに気づいた経験があるか?という問いに対して、実に半数がイエスと答えたのだ。

(出典:五十嵐駿 (helo Inc.) 「『バ美肉をするようになってから、ジェンダーの揺らぎに気付いた経験がありますか』に対する回答結果(回答数は56)」)

「バ美肉おじさん」の多くが、「可愛くなろうとする」や「振る舞いが無意識的に女性になった気がする」といった変化を口にした。

VR上の経済活動

VR上では、すでに経済活動も発生している。例えば先ほどのVRChat。赤津氏によると、「アバターが被っている帽子が可愛い」と思ったある利用者が、その帽子を購入するために現金で支払うケースがあるという。このほか、アバター自体やコミュニティーへの参加権、VR上での生配信システムの利用権など、「モノ・コトの体験」がVR上でも取引対象になっている。

とりわけ赤津氏が今後VR上で高額で取引されるようになるとみているのは、土地だ。

「VRは空間上で自分でものを作ることができるので、例えばそれで自分のサバゲーフィールド(オンラインで銃を撃ち合うVR空間)ですとか、アトラクションを楽しめるエンターテインメントのディズニーランドのようなスペースを作る。そこの運営権の売買は金額単価でいうと結構大きくなる」

そして、赤津氏はこうしたVR上の経済圏と仮想通貨の親和性は高いとみている。

「(仮想通貨に)親和性は感じています。組み合わさることで、VR上でできることも増えてくるでしょう」

なぜVRにブロックチェーンが必要か?「情報のインターネット」から「価値のインターネット」へ

ブロックチェーンの革新性とは、データに価値を持たせること。コストゼロでコピペが自由だった「情報のインターネット」の時代からデジタルデータに価値を持たせる「価値のインターネット」への移行を可能にする点だ。

國光氏は「ブロックチェーン、そしてビットコインが一番面白かったのは、ただのデータにも関わらず価値を持ったところ」と指摘する。ブロック上にデータがあれば、その固有性や供給量、所属先が誰であるか証明できる。一方、これまでのインターネットのコピペ文化ではデータに価値を持たせることができず、むしろ無料であることが売りだった。

VR上で置き換えれば、アバターの服や家具、武器などの価値が明白になることを意味する。限定数が一目瞭然となり「バーチャル空間上のデジタルアセットが価値を持ち始める」(國光氏)。供給量が限られていると、モノには価値が生まれるのだ。そして、VR上のデータに価値が生まれれば、「それを稼ぐ」という行為が生まれる。

「リアルでお金を稼ぐのが得意な人はリアルで、バーチャルで家を作ったりとか家具を作ったりとか、あとはモンスターを狩って武器を作ったりというのが得意な人はそれをやって、リアルで金を稼ぐのが得意な人に売れば良い」

國光氏は、VRオンラインアクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」を企画・開発したよむネコ社に出資している。同社で開発している「ソード・オブ・ガルガンチュア」は、4人マルチプレイの剣戟がテーマ。今年9月にはゲーム内でアイテムを獲得できるクエストイベントでデジタルデータをNFT(ノン・ファンジブル・トークン)にして発行すると発表した。

NFTとは、代替が不可能なトークン。1つ1つのトークンが固有の価値を持つものだ。NFTは、取引所Openseaなどゲーム外で取引可能。NFTとは、まさに「価値のインターネット」の真髄だ。

すでにソード・オブ・ガルガンチュアでは、レアな剣1本がほしいがために8時間VRをやり続ける人もいるという。価値が保証された剣を獲得するために8時間労働するーーー。現実世界での8時間労働と仮想現実での8時間労働を天秤にかける将来は遠くない。

「セカンドライフ」の教訓

仮想現実の先駆けとして知られているのは、米リンデン・ラボ社が手がけるセカンドライフだ。アバターを介して仮想空間で人々が交流するサービスとして2000年代に一次ブームとなった。ゲーム上で流通する通貨「リンデン・ドル」を使って、利用者が自作のアイテムや土地を売れる仕組みを構築したが、本格的な普及には至らなかった。

失敗した要因の1つとして國光氏が考えるのは、リンデン・ラボによる中央集権的な管理体制だ。同氏によると、「リンデン・ラボが勝手に通貨を発行したり勝手に土地を増やしたりとかして、その結果インフレが起こった」という。確かに現在のVRが持つ没入感などと比べて技術面での未熟さもあげられるが、通貨の価値を恣意的に減少させてしまう管理体制も大問題だったのだろう。

ブロックチェーンがあれば、分散型の管理体制が敷かれることになり、管理者が通貨や土地を勝手に増やせない仕組みを設定できるのはご存知の通りだ。

VRでの基軸通貨?

両氏はさらに未来を見据える。

VR上で様々な世界が誕生し、それぞれが独自の通貨を持つようになる。そうなると、利用者たちは世界Aから世界Bにどうやってお金を移動させるのだろうか?現実世界で言うところの米ドルに近い何か基軸通貨的なものが必要になるかもしれない。

現在、國光氏は映画「レディー・プレイヤー1」に出て来るVR世界「オアシス」を参考に「オアシス構想6カ年計画」を掲げている。2022年には先述の「ソード・オブ・ガルガンチュア」だけでなく、映画や釣り、カジノ、ショッピングモールなど複数の世界が「有機的につながる世界」を想起している。

(出典:gumi 「オアシス構想のイメージ」)

一方で例えばフェイスブックは仮想現実版のSNS「ホライズン」を2020年に立ち上げると発表した

様々なVR世界が乱立する中、いちいち円やドルなど法定通貨に戻す必要性はあるのか?國光氏は、「この世界の中で完結する通貨、というのが絶対に必要なると思っている」と基軸通貨の出現を予想する。

では、仮想世界の基軸通貨は、一体何になるのか?

國光氏は、今後、どのコミュニティが強くなるのかに依存するだろうと予想した。

「例えば、色んなワールドがイーサリアムのブロックチェーンをベースで作ると、共通通貨はイーサリアムになる可能性は高い。一方、イーサリアムがあって、ポルカドットがあって、コスモスがあって、オントロジーがあってみたいな世界になってくると、それぞれ別々だったらめんどくさいからビットコインでいいじゃんみたいになってくる。また、フェイスブックがVRでやってるワールド「ホライゾン」が流行ったらリブラでいいじゃん、となってくるかもしれない」

國光氏自身も、「その時一番ユーザーにとって便利なもの」を基準に一番適切なブロックチェーンを選ぶと述べた。後述するが、現実世界の経済規模を超える可能性がある仮想現実での基軸通貨といったら、当然大きい。同氏は「LINEとか、KAKAOとか、テレグラムとか、そういうところは虎視眈々と狙っていると思う」とみる。

一方、赤津氏は、異なるVR世界の通貨の換金レートを整えるだけで十分かもしれないと指摘する。同氏は「ディズニーランド的なアトラクションを楽しめるVR空間に参加していて、そこで貯めたお金をサバゲーフィールドで銃を買うのに使うケース」などを想定し、現実の為替レートを使った取引のように仮想通貨同士で換金できれば事足りるとみている。

赤津氏は、その際の通貨の価値を決定するのはVR世界の規模になるだろうと予想する。例えば現在だとVRChatは世界的にもプレイヤー数が多く、「そこで通貨を作り始めると、たぶん安定性の強い通貨として他のVRワールドよりは良いレートで換金できるのではないか」と話した。

「1つの仮想通貨にはならないのではないかなと思います。なぜならVR世界を作るワールドごとに思想が全然違う。ある意味国づくりと同じ。国ごとに思想が異なるので、その辺はバラバラの通貨が生まれるようなイメージです」

VR経済圏がリアル経済圏を超える日

では、VRの経済圏がリアルの経済圏を超える日はいつかやってくるのだろうか?

國光氏は、「ほぼ確信を持って」イエスとみている。同氏が理由にあげたのは、可処分時間。人類にとって可処分時間は1日24時間、人生で7、80年という中、AIが人間の仕事の大半をやるようになるという追い風もあり、バーチャルで過ごす人が増えるとみている。「リアルの不自由な世界」と「自分らしく生きられるバーチャルの世界」という対比の中で問われるのは、「あなたはどちらの服を買いますか?」「どちらで家を買いますか?」そして「どちらで旅行に行きますか?」という問いだ。

同氏は、「(VRの)基軸通貨というのは、ひょっとするとリアルな世界での基軸通貨より大きくなる」とみている。

一方、赤津氏もVR経済圏がリアル経済圏を超える日が来ることに同意。分岐点は、現実世界よりも仕事をする上で便利な機能、エンターテインメントとして面白いコンテンツがVRで作られる時だとみている。

「24時間のうち12時間を超える時間をVRで毎日過ごしているみたいな時代が来た時に、もはやそれってどっちにアイデンティティがあるかと言われると、VRが本来の自分で、ある意味仕方がないから現実世界の方で寝たりするみたいな、そういう時がくると思うんですね」

VRと日本

VR世界に入るのに必要なHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)開発で先行しているのはフェイスブックだ。フェイスブック傘下のオキュラスは今年5月に最新型の「オキュラス・クエスト」を発売。日本でも人気が出ている。HMDの世界の販売台数が来年末に3000万台~3500万台くらいになるという試算もあり、任天堂スイッチの4000万台と同じくらい普及することになる。

また、VR世界のプラットフォームに関しては「ソニーだけが可能性はある」ものの、「日本のスタートアップが牽引する可能性は低い」(國光氏)。

だが、國光氏と赤津氏は、キャラクターやストーリー性などを生み出すコンテンツ力に日本の大きな可能性があるとみている。

赤津氏は「日本はキャラクタービジネスが得意な国なので、IP(知的財産)ものの開発が非常に長けた国」とし、「アニメとか漫画とか、キャラクタービジネスを生み出すノウハウが世界でもトップの国なので、キャラモノ×VRみたいな領域では、世界をリードする可能性があるのではないか」とみている。

実際、VRの技術を使って生まれたVチューバーは日本で右肩上がりで急増中だ。今年9月時点で9000体に到達した。

(出典:ユーザーローカル 「Vチューバー数の推移」)

赤津氏は「VチューバーをVR上でライブさせて、そのライブの視聴でビジネスをしている国は、日本以外はあまりないと思う」と話す。

また、國光氏は会社主導ではなく、ボトムアップで発展する「草の根のクリエイティブカルチャー」に注目する。VRのベース部分を作るのが国外だとしたら、日本はその上で面白いことをする国だ。

「海外のクリプトキティーズはただの投機じゃないですか。遊び方がない。そこにちゃんとしたゲーム性を入れて、NFTを使う意味を作ったのが、マイクリ(マイクリプトヒーローズ)のすごかったところ」

 

赤津氏によると、VRのアーリーアダプターの中には「現実世界に不満を持っている人が多い」。「現実世界でフェラーリ乗っている人はVRをやっていないと思いますね」と赤津氏は笑みを浮かべる。VRとは、現実に不満を持つ人々が既得権益者たちに邪魔されずに自由に生きられる場所なのかもしれない。そして、そんな彼らを手助けするのが、仮想通貨・ブロックチェーンの役割になるだろう。

2020年は、もう1つの世界での仮想通貨の普及から目が離せない。

執筆者 大木悠
編集  コインテレグラフジャパン
執筆協力 高橋佳久、池田文、高橋れいら、野口沙和