「一つの時代が終わったー。」

そう感じた仮想通貨業界関係者も多いだろう。これまで世界最大手の仮想通貨取引所として一斉を風靡してきたバイナンス。それがマネーロンダリング防止法違反を認め、業界一の著名人だったCZ(ジャオ・チャンポン氏)がCEOの座から電撃退任したのだ。

CZが去った今、バイナンスが直面する課題は少なくない。日進月歩のWeb3業界で絶え間ない革新を推し進めつつ、徹底したコンプライアンス遵守が求められる。

この重責を負うのが先月新たにCEOに就任したリチャード・テン氏(53)だ。(英文表記はRichard Teng)起業家のCZとは異なり、テン氏はスーツの似合う金融マンタイプなのが印象的だ。

テン氏はこれまでアラブ首長国連邦(UAE)の金融自由貿易区のCEO職や、シンガポール証券取引所で規制対応部門のトップ、またシンガポールの金融規制当局でもコーポレート・ファイナンス部長を努めてきた。シンガポール金融当局での要職経験もある。いわば「コンプライアンスの鬼」だ。

今回コインテレグラフでは、2週間前にバイナンス新CEOに就任したばかりのリチャード・テン氏に取材を実施した。

これからどのように「巨象」バイナンスを動かしていくのか。そして仮想通貨業界の行方をどう見ているのだろうか。

バイナンスの新CEOとして動き出した今の気持ちは。

「まずなにより非常に困難だった一連の問題を乗り越え次に進むことが大事だ。過去の法令違反について米司法省と和解をし、バイナンスや仮想通貨業界全体に覆いかぶさっていた曇り雲がなくなった。企業としても新たな章に進むことができると考えている」。

法令違反につながった理由は。

「創業初期の頃コンプライアンスの面で手落ちがあった。これが法令違反につながったがこれは過去の問題だ。バイナンス自体は非常に若い会社だ。2017年にスタートし現在6年目に過ぎない。ただ初期の頃からユーザー資金、セキュリティ、安全性は確保されている。今回米当局も弊社業務を精査しておりユーザー資金の不正流用等は一切なかった。今後も他の金融機関と同様、過去の失敗から学びより強固な金融機関を目指していく。」

テン氏は2021年にバイナンスに参画して以来、現在徹底したコンプライアンス体制構築に勤しむ。各国の規制要件に対応するため米証券取引委員会や、モルガンスタンレーやバークレイズのような大手金融機関での経歴を持つコンプライアンスチームを拡大中だ。

仮想通貨業界の今後の潮流は。

「業界の方向性は非常に明確だ。今後より多くの規制が設けられ、ルールが明確化されていく。バイナンスとしては世界の規制当局と緊密に協力し基準を完全に満たしていく。

「前途は非常に明るい。2年前はまだ多くの金融機関や企業がWeb3を計画にいれていなかった。今では誰もがブロックチェーン・暗号資産に真剣に取り組んでいる。ブラックロック、フィデリティ等枚挙にいとまがない。暗号資産が普及していくための条件が揃ってきている。

これからの5年間は(Web3の)普及が加速していく。現在グローバルで暗号資産の普及率は5%にしか過ぎないが、これが10%、20%、30%となっていけば普及はあっという間だ。現在とはまったく違った世界になる。暗号資産のエコシステムはより活気づく。ビットコインETF等の新たな投資商品が登場すれば流動性が高まり投資家が増える。

カリスマのある創業者CZの後任になることについてはどう感じているのか。

「(創業者で前CEOの)CZはカリスマ性のあるリーダーだった。これまで2年間彼と密接に仕事をして彼の活躍を見てきた。優秀かつインスピレーションを与えてくれるリーダーで、実行に重きをおくタイプだった。

「ただ彼は創業者としてバイナンスを引っ張っていたので、そうでない我々が完全に真似できない部分もある。

「現在バイナンスは数千人のスタッフを抱えており、グローバル企業だ。CZが一人で責任をもってすべて決めていくのではなく、企業構造もかわっていく。例えば今後は取締役会でものごとを決めていく。私を含む経営陣は取締役会に報告する義務を負う。自分としてはCZと経営陣チームからこの(CEOとしての)役割を任されることを光栄に思っている。」

ちなみに今回バイナンスはマネロン関連法を違反したことを認めた。とはいえ従来の金融機関もマネロンに関与したケースが多く報道されている。仮想通貨業界最大手であるバイナンスは「見せしめ」にされたのか。

「裁判における守秘義務があるので話せないこともあるが、金融業界が罰金を払うことは珍しいことではない。従来の金融機関が支払った罰金をあわせると13兆円近くに登るほどだ。資産規模でトップ10の金融機関でもあわせて4兆円払っている。つまり金融業界で罰金は珍しいことではない。

「そもそも(金融関連の)ルールや規制は常に進化しているからだ。それに対応するために金融機関はコンプライアンスに多大な投資をする。それでも多くの場合まだ基準を満たせないケースもある。大事なのは失敗から学び、コンプライアンスの穴を埋め、規制当局と緊密に協力することだ。

「強調しておきたいのは、バイナンスは責任をとるプレーヤーだということだ。(米司法省との和解に至るまでの一連の)問題について結論を出すために規制当局や関係機関と協力している。

「バイナンスは世界で最も規制されている仮想通貨取引所ともいえる。18の異なる管轄区域(国)で規制されているからだ。規制当局の監督に進んで応じようとしないプレーヤーがたくさんいる中で、バイナンスは積極的に応じている。監督官庁は弊社の体制や財務状況、コンプライアンス体制など把握している。

「バイナンスは圧倒的に大きな取引所だ。そのためまず弊社に監視の目が向けられたのは当然のことだ。その精査に耐えた今、規制当局の関心は他の仮想通貨取引所に向かうだろう。

ちなみに現在バイナンスは2つの地域本部を設置している。中東・北アフリカ(MENA)事業の本部として機能するアラブ首長国連邦の拠点と、欧州本部となるフランスだ。欧州では暗号資産市場(MiCA)法が2024年に施行される予定でルールが明確化されつつあるからだ。

アラブ首長国連邦はテン氏が規制当局の要職を努めたゆかりの地で、思い入れがある。

「(アラブ首長国連邦の)アブダビで金融サービス規制を担当していたとき、暗号通貨規制フレームワークを導入した(2017~2018年頃)。(通貨規制フレームワークとして)世界初だった。

「当時暗号通貨に触れてみてこれは金融の未来だと感じた。だが暗号通貨が本当に普及するためには2つの要素が必要だ。ずばり規制の明確化、そして金融機関による導入だ。

欧州において2024年末に施行される見込みの暗号資産市場規制法案(MiCA)についてどう思うか。

「暗号資産市場規制法案(MiCA)はバイナンスにとって大きなプラスだ。

現在世界各国の規制当局のうち、暗号資産業界をきちんと規制しているのは3分の1程度にすぎない。これは3年前と比べると大きな進歩だが、一方で3分の2もの国において、当局はまだ暗号資産を規制できていないことになる。

「また3分の1の国の規制当局では、さまざまな規制が混在している。ある国では証券当局が暗号資産を規制している一方で、例えば米国ではのコモディティとして規制されているケースもある。

「そもそも暗号資産は非常にユニークな資産クラスだ。専用の規制フレームワークを作る必要があるが、これまでの課題は規制当局間で連携がとれていないことだった。また複数の規則自体が相反することもあった。だから世界共通のスタンダードをつくることが重要だ。

「今日では各国における銀行業や証券会社、また資産運用会社の規制基準は似通っている。暗号資産業界はまだ発展途上だ。

「暗号資産市場規制法案(MiCA)は欧州27カ国を1つのルールで明確化する。これは大きなプラスだ。バイナンスはMiCAの意見公募段階で、業界をきちんと規制しながらどう革新を促すかについて見解を提供してきた。

CEO職を辞任した創業者のCZとはどうかかわっていくのか。

「CZは退任ということで(米司法省と)和解したわけで、バイナンスの日常業務に携わることはできない。だが創業者として彼はこれまでビジョンを提示し、組織に永続的な足跡を残した。これが非常に重要な点だ。

CEO職を退任した創業者CZ氏

CEO職を退任した創業者CZ氏

自分はCZからバトンを渡され、バイナンスを前進させるための信認を受けている。また私の後ろには非常に強力なチームがサポートしてくれている。彼らと成長計画を推し進めていく。

まもなく米証券取引委員会によって承認されるのではと観測されている現物型のビットコインETFをどう見るか。

「ビットコインETFは大きなプラスだ。より多くの投資家層を取り込むことができるからだ。通常は(暗号資産に)直接投資しないような投資家も、ETFという形態を気に入って暗号資産に投資できるようになる。ファミリーオフィス、高所得層、また個人投資家が参入するのは大きい。

「ちなみに暗号資産ETFは米国だけで展開されているわけではない。世界各国でも多くの金融機関が暗号資産ETFの申請を出している。

*   *   *   *   *

仮想通貨業界の雄として歩んできたバイナンスの新CEOが語った言葉は、多くのWeb3事業家にとって示唆に富むものだ。

好むか好まざるかにかかわらず、今後の暗号資産業界においてはルールが明確化されていく。同時に金融機関や新たな投資家層が流入してくる。そしてそれはこれまでCZのような起業家タイプの多かったこの業界の勢力図がかわることを意味する。そこで新たなチャンスも生まれるだろう。

今回テン氏が語ったように、仮想通貨業界を覆っていた曇り雲が少しづつ晴れつつあるのかもしれない。

仮想通貨業界を覆っていた雲は消え去ったか

<終>

編集後記:今回コインテレグラフの取材に応じてくれたリチャード・テン氏。趣味は運動で「ウェイトリフティング、有酸素運動、体幹」を習慣とする。映画や読書も好きで、最近のお気に入りはウォルター・アイザックソンによる「イーロン・マスク」(文藝春秋)。

編集:コインテレグラフジャパン