仮想通貨(暗号資産)取引所ディーカレットが事務局となったデジタル通貨勉強会が今年6月はじめに発足した。民間企業主導でのデジタル通貨構想を議論している。

コインテレグラフジャパンでは、このデジタル通貨勉強会の座長を務める山岡浩巳氏に、日本のデジタル決済・デジタル通貨を巡る問題意識について話を聞いた。

山岡氏は日本銀行出身であり、日銀決済機構局長を務めた決済分野のスペシャリストである。現在はフューチャー株式会社の取締役を務めている。

現金決済の隠れたコスト

山岡氏は「日本の決済インフラの問題点を解決できないか」というのが、今回のデジタル通貨勉強会の課題意識だと語る。日本では現金決済が高い割合を占めている状態だ。しかし、現金決済には隠れたコストがあるという。

「日本では非常に現金決済が多い。しかし日本の場合、現金決済が多い裏側には多くのコストが存在する。現金を管理するための人、ATMや店舗網、現金の補完・警備・輸送、これらすべてにコストが掛かっている」

さらに現金決済で失われているのが、データ活用の利点だ。

「プライバシーに配慮する必要はもちろんだが、各国でデジタル通貨が発達していることには、その背後にあるデータを活用しようとする動きがある」

現金決済では集めることができない巨大なビッグデータ。それを活用していくためには「新しい決済インフラをよりイノベーションにする必要がある」と、山岡氏は強調する。

世界的にGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)やBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)といったプラットフォーマー企業が、収集したデータをビジネスに活用している。「GAFAやBATは広告、Eコマースといった風に分類することができない。これらの企業は巨大なデータを蓄積している」。

これらの米国や中国のプラットフォーマーが存在感を高めている。日本の企業が競争力を維持するためには「日本においてもビックデータを有効に活用にしていき、金融と商業、物流などを結び付けていく必要がある」と、山岡氏は語る。

データ利用に向けたルール整備

ネットワークデータが蓄積されるに従って効用が高まる「ネットワーク外部性」がある。海外ではGAFAといった企業にデータが蓄積されている点が問題視されているが、日本ではまだその段階には至っていない。

むしろビックデータを各企業が共有できるようになれば、日本の経済活性化につながる可能性があると、山岡氏はみている。匿名化したデータを使えるようにするといった「データ活用のプリンシプル(原則)を構築する必要がある」と、山岡氏は語る。

「データ利用のためのルール整備を進める必要がある。そのような匿名化されたデータがオープンに使えるとなれば、大企業や中小企業でも価値を見出しえる」

新型コロナウィルスに対する社会の頑健性

またデジタル決済システムの構築は、新型コロナウィルスに対する社会の頑健性を高めることにもつながると、山岡氏は語る。

世界的にリモートワークが非常に進んでいる。欧米では現金に触りたくない、さらに接触型カードでさえ避ける傾向が出ている。新型コロナウィルスで現金の受渡に対する忌避感が高まれば、物流での代引きから金融取引までリモートで行う需要が出てくる可能性がある。そこで必要になってくるのが、デジタル決済・デジタル通貨のインフラだ。

「自宅でリモートワークをしならがら、必要な金融取引や決済をATMにもいかずに済ませることができる。仮にロックダウンしても経済活動を維持できるようになる。このようなインフラを整備することが、社会の頑健性を強めていくことにもつながる」

ブロックチェーン・DLTのメリット

山岡氏は、ブロックチェーン技術や分散型台帳技術(DLT)について、大きなメリットがあると指摘する。

「日本の過去のシステム開発では、巨大なセンターを構築して、システムを作っていた。コンピュータセンターが動いていないとシステム全体が動かなくなってしまう」。逆にブロックチェーンによる分散型システムであれば、特定の集中的なインフラが存在するわけではない。ビットコインが2009年の誕生以来、そのシステムが止まっていないように、低コストでシステムを運用できる可能性がある。

「ブロックチェーンとクラウドを併用することで、従来よりも低コストでシステムを動かせる可能性がある」と、山岡氏は語る。

またスマートコントラクトも魅力的な技術だ。

「『Eコマースで発注した時に、モノが届いたと同時に決済する』『安全運転したことで、保険料を安くする』など、行動と決済を紐づけることができるようになる」

こうしたブロックチェーン・DLTのメリットを生かすため、どういうユースケースが日本で考えられるか。デジタル通貨勉強会では、この点を突き詰めていくことになるという。

民間主導のデジタル決済の意義

世界では中央銀行デジタル通貨(CBDC)の論議が盛んになっている。中国のデジタル人民元やスウェーデンのEクローナの取り組みが注目されている。

ただこれは各国固有の文脈を見る必要もあると、山岡氏は指摘する。中国でははっきりと脱税を防止するためとうたっているほか、スウェーデンでは現金にアクセスできない人がいるという事情もある。

一般の人が利用できるリテール型CBDCを展開しようとすれば、銀行を介して資金仲介を行う金融の二層構造に大きな影響を及ぼしてしまう。そのため「技術とは別に経済的な影響が大きすぎる」と、山岡氏は指摘する。

また民間ベースでの実装の方が、スピードが速いという面もある。「イノベーションが得意なのは民間の方だ」と、山岡氏は話す。

民間でデジタル通貨・デジタル決済を普及させる上で重要になるのは、ビジネスニーズやユースケースの存在だ。

「個別の企業ベースでは、ユースケースを持っている。しかしそれだけでは規模のメリットには達しない」と、山岡氏は語る。「現在の日本では現金決済が8割で、デジタル決済が2割となっている。今はその2割を奪い合っている状況だ」。

そのため業態を超えた相互運用性が今後重要になってくると、山岡氏は強調する。

「日本の場合、現金がないと不安になるのは、様々なデジタル決済があるけれども、どこでも使える保証がないためだ。どこでも絶対に使えるデジタル通貨があれば、現金を持つ必要がなくなる」

「互いに競争しつつ、相互に運用できる仕組みをどうするのかが、重要な論点になっていく」と、山岡氏は話す。

FelicaやQRコードなど、決済分野では「日本の技術力はもともと高い」(山岡氏)。そこで実務を蓄積して、ユースケースを蓄積することが重要になるというのが、山岡氏の考えだ。

日本がユースケースを作らないことで、世界的なデジタル決済の競争で遅れをとることが、山岡氏の危機感だ。山岡氏は、デジタル決済分野で「日本が敏感に立ち回っていく必要がある」と強調する。

 

デジタル通貨研究会はこれまで2回開催されている。デジタル通貨の実現性やユースケースの重要性が議論されている。勉強会では、9月末までに議論をまとめる予定だ。