今月中旬、スタンフォード大学の物理学教授でノーベル賞候補としても名が挙がったことのある張首晟(ジャン・ショウチャン)教授がブロックチェーンに関する講演を行った。張教授は自身が設立したファンドを通して数多くのブロックチェーンプロジェクトに関わっており、現在もDfinity, Symbiont, Brave/BAT, Kyber Network, Orchid Lab, Chia Network, DAGLab, Theta Network等のプロジェクトのメイン投資者として知られる。

 今回、張教授は物理学と生命理論の比喩を使ってブロックチェーンを解説し、中国のネット上で話題になった。中国で最も普及するチャットアプリ微信(ウィーチャット)を運営するテンセントの馬化騰(マー・ホアタン)CEOも「非常に面白い」と反応。マイニングで消費されるエネルギーがそれと同等の価値を生み出しているかという問題や、生物学的見地からブロックチェーンを論じることに面白さを感じたようだ。

 コインテレグラフでは原文を発表した中国メディア「42章経」の許可を得て、張首晟教授の講演内容を和訳して掲載する。

 「皆様こんにちは。本日はこのような機会に皆さんにお話ができて非常に嬉しいです。最近皆さんはブロックチェーンの領域に対して非常に興味を持っているかと思います。私も、これについて自分の考えを話したいと思います。

 だいたい4年前から私はブロックチェーンに非常に注目しておりました。私は世界の歴史はこの言葉で表せると考えております。

 『分かれて久しければ合し、合して久しければ分かれる。』(三国志演技の冒頭の言葉) 

 私たちのインターネット業界もこの規則を体現しています。過去に、アメリカのネット資源はほぼAT&Tの一つの企業に独占されていましたが、これは当時の回線交換(サーキットスイッチング)とよばれる通信技術に大きな関係があります。最初はAT&Tも一定の競争に面したことがありました。しかし会社が十分に大きくなり効率と規模が優勢となったとき、最終的に一家独占の現象が起き、アメリカの戦後30~40年の間、通信市場を独占しました。

 しかし、往々にして技術の発明は長く統一されたものが分裂するのを導きます。TCP/IPプロトコルの発明がネット時代の到来を促進し、パケット交換が回線交換に取って代わりました。私たちのすべての通信はみな小さなパケットの一つ一つを通して相互に通信をしており、これは通信効率を高めました。この状況下において、一つの会社がすべてのネット資源を独占する必要は無くなり、長く統一されていたものが分裂する時代を迎えました。

 (編集者注: 回線交換(サーキットスイッチング)はライン資源を予約確保する必要があったが、パケット交換はこれを必要としない。それぞれの接続リクエストは競争関係にあり、ライン資源に関しては早い者勝ちである。それは我々が外出してレストランで食事する際に例えれば、パケット交換は入って空席があれば座ってその位置を占領し、空席がなければ待つ方法で、逆に回線交換は事前に座席を予約する必要があり、レストランに着いたら予約番号を元に着席する方法である。)

 『合して久しければ分かれる』局面が一定期間続いた後、人々はある問題に気付きました。皆、サイト上で自分の情報を発表できるネット通信のボトムレイヤーは非中央集権的でしたが、全ての情報を整理する体系的な構造がなかったため、情報が探しにくかったのです。整理された情報へのニーズを背景に、米国でグーグルのような中央集権的なサーチ企業が出現しました。

 これがもたらしたのは、私たちが過去に工業時代に行ったこととほぼ同じでした。ただ、原子の組み替えが情報の組み替えになっただけです。例えば、大手石油会社が採取する原油は原子によって組み合わさってできています。そして石油会社は原子を改めて組織し直して化学品にしているのです。

 グーグルのような新世代の企業が得意とするのはビットや情報の組み直しです。グーグルはこれら情報サイトを立てるのではなく、自分の計算方法を用いて既にあるサイトに対して順序づけを行い、どの会社でもこのネットワークの世界で容易に見つけてもらうことができるようにしました。それはネットワーク社会全体を支配し、ネットワークの上に立つ新しいタイプの組織でした。さらにそれは新しい独占時代の到来をもたらし、分裂したものが統一されたのです。

 そして今、この情報を組織する巨大プラットフォームからなるインターネット業界は、新しい段階に来ています。かつてTCP/IPプロトコルとパケット交換がAT&Tのような巨人を打ち負かすことができたように、ブロックチェーンによってインターネットにおける非中央集権化の時代が訪れ、また一つの長く統一されたものが分裂する時代が来たのです。人々はブロックチェーンを通してP2Pのような交流方法に戻ることができるようになります。ですがさらに凄いのは、人々はこのプラットフォーム上で価値の交換をすることができるということです。

 価値は非常に交換が難しいものです。インターネットの第一段階はただ情報の交換をするだけでした。しかし第二段階になってから価値の交換を望むようになりました。なぜなら、価値の核心とは皆に一つの共通認識(コンセンサス)があるということであるからです。

 一つの分散オペレーションシステムの中で、共通認識を得るというのは非常に難しいことです。それぞれのネットのノードはどれも時間の遅延があり、計算能力も異なります。一部の計算機は良い働きをしますが、一部の計算機は良くない行いをすることがあります。この複雑なネットワークシステムの中で、どのように一つの共同の価値にたどり着くか、これはコンピューターサイエンスの世界においてずっと解決していなかった問題でした。だからFLP不可能性(フィッシャー、リンチ、パターソンによって1985年に証明された情報理論)というのがあり、完全な決定的アルゴリズムを用いるときに共通認識は永遠に達することができないと言われています。なぜならネットワークのシステムは本当に複雑すぎるからです。

 後に人々はブロックチェーンの技術が経済行為とランダムな数学アルゴリズムを加えて、ネットワークで共通認識を得ることができないかと考えました。例えばあるハッシュ関数を計算し、共通認識に投票を行う。これがブロックチェーン上で共通認識を得る新たなメカニズムです。

 どうしてこの共通認識のメカニズム自体にとても大きな価値があるのか分からないかもしれません。実は物理学に『エントロピー増大の法則』という深いコンセプトがあります。つまり、物理世界はいつも無秩序の方向に進むということです。しかし、生命世界と物理世界は少し異なっていて、生命世界は確かにどんどん秩序の方向に向かっています。秩序に向かっていく行為はエントロピーを減少させる行為であり、しかしながら全体のシステムのエントロピーはやはり増大しています。ゆえに、生命行為は自分のエントロピーを減少させ、周囲のエントロピーを増大させているのです。

 これは共通認識を作るメカニズムにおいても同じです。私たちが共通認識を得ようとすればエントロピーを減少させることになり、もし皆の意見がまったく異なるものであれば、無秩序ゆえにエントロピーはとても大きくなります。しかし、もし意見を統一し非常に秩序定期な状態に達することができれば、それは必然的にエントロピーを減少させる行為になります。したがって、エントロピーを減少する行為は必ず周囲の世界のエントロピーを高めるのです。

 当時出てきた(ブロックチェーンの)アルゴリズムはハッシュ関数の計算を行います。これは一見、周囲の世界のエネルギーを浪費しているように見えますが、実際にはさらに尊い富、つまり共通認識を得ているのです。

 この意義において、ブロックチェーンの共通認識システムは少し生命システムそのものに似ています。自分のエントロピーは弱くなり、しかし共通認識に達すれば周囲のシステムのエントロピーは大きくなります(編集部注:マイニング等でエネルギーを消耗することを指すと思われる)。これは一つの代価でありますが、他のシステムに比べれば、やはり小さい代価です。

 そのため、一旦私たちに共通認識ができたとき、ある種の信頼が生まれ、人と人の間に新しい協業機会が生じます。そのため、私はこの新しい時代のことをこう表現しています。『In math we trust』。数学の上に信頼を築く時代というわけです。今後のシステムにおいて、中央集権型のプラットフォームはもはや必要ではなく、P2Pのブロックが取って代わります。我々はオープンソースの投票モデルを通して、透明なアルゴリズムを用いてこのコミュニティにおけるゲームのルールを定義することができます。これはさらに新しいインターネットの革命をもたらし、長く統一されたものが分裂する時代が再びやってくるでしょう。

 最近皆さんは人工知能に比較的興味を持っていると思いますが、実際には人工知能は一つの大きなボトルネックに面しています。AIが大きな進歩を遂げるには莫大なデータが必要となるのですが、現在、データを持っている人に大量のデータを提供することを奨励するメカニズムがありません。ですが一旦ブロックチェーンができてから、データを作ることを価値化し、共通認識化すれば、それは大きなデータ市場を形成し、人工知能がさらに一歩前進することができるようになるのです。

 当然、私たちの最大の願いはブロックチェーンの技術を通して私たちの世界がより良くなることです。人々がデータの創造共有で価値を達成することで、社会がより公平になり、皆がさらに多くの新しい機会を得ることができるようになります。

 人類の歴史について『分かれて久しければ合し、合して久しければ分かれる』としたように、私はブロックチェーン技術もインターネット時代に新しい『分裂すればいずれ統一され、統一されればいずれ分裂』する時代をもたらすと思っています。私たちはいまブロックチェーンと分散化技術がこの時代にもたらす新たな革命に面しているのです。」

張首晟(ジャン・ショウチャン) スタンフォード大学終身教授、アメリカ三院フェロー、中科院外国籍フェロー、フランクリンメダル受賞者、中華人民共和国国際科学技術協力賞受賞者。

ここに述べられている見解や意見はあくまで筆者/寄稿者のものであり、コインテレグラフおよびコインテレグラフジャパンの見解を反映するものではありません。