当時世界最大の仮想通貨取引所だったMt.Gox(マウントゴックス)が破綻してから5年。未だに債権者に対する返済が実現していない状況が続いているが、ここにきて再び事態は大きな展開を見せている。

マウントゴックスに残るのは、13万7892BTC(ビットコイン)、16万2106BCH(ビットコインキャッシュ)などの仮想通貨、そして管財人の小林信明氏が換金した約690億円。仮想通貨の歴史に深く刻まれる2014年のマウントゴックス事件。ここにきて様々な利害関係を主張する者達が出現している。

まず今月4日、米国でのビジネス展開でマウントゴックスと提携した米ハイテク企業コインラブの創業者が、「コインベースになり損ねた」という機会損失などを理由に約1兆7000億円の巨額請求を申請したことが明らかになった。仮に申請が通れば、債権者には何も残らないことになる。またこの直後、元俳優で「ビットコイン億万長者」として知られるピアース氏が新団体を設立してマウントゴックスを”不死鳥のように”復活させる宣言。債権者に対しても迅速に返済を行うと約束した。

しかし、ピアース氏の主張の根拠に対して疑問の声が噴出。ピアース氏によるバラ色のマウントゴックス再建計画に早くも暗雲が漂っている。一体ピアース氏の主張の何が問題点なのか?そして、コインラブの巨額はどのように対処されるのか?マウントゴックスの元CEOマイク・カルプレス氏をはじめ関係者がコインテレグラフ日本版の取材に応じた。

「不死鳥」ゴックス・ライジング

ピアース氏は、新団体ゴックス・ライジングを通じて、マウントゴックスの復活と債権者への早期返済を約束した。詳細については明らかになっていないが、ピアース氏はゴックス・ライジングの狙いについて複数のメディアに説明している。ピアース氏は、ブロックチェーン・キャピタルとEOSアライアンスの共同創業者として知られ、フォーブスが出した「仮想通貨業界で最もリッチな人々」では7億ドル~10億ドルの資産を持っていると推定されている。

テッククランチによると、ゴックス・ライジングは少なくともマウントゴックスの債権者の半分、つまり1万2000 人の同意を得て管財人に「団結した声」を届けることを計画。「(小林氏が計画する返済速度)よりも速く返済プロセスが進む」とピアース氏は話したそうだ。ピアース氏によると、現在の状況では「3~5年かけて問題は解決する」と考えられるものの、もし過半数の債権者がゴックス・ライジングに賛同すれば「おそらく1年で解決できるかもしれない」(ピアース氏)という。

またピアース氏は、「ゴックス・コイン」なるものを発行し、債権者に対して新会社のステーク・ホルダー(利害関係者)を担ってもらうことを計画。「彼自身が持つマウントゴックスの株式」(後述で詳しく)を廃止し、新会社の財務はトークン発行で賄い、例えば今だに行方不明になっているマウントゴックスの資産回復に使うことを目指すという。さらにピアース氏は、マウントゴックスのブランドやドメイン名を買い取り、マウントゴックスもしくはゴックスとして復活させることを計画しているそうだ。

ピーアス氏はあくまで「債権者のため」の新団体であることを強調。「灰のなかから復活する不死鳥」とマウントゴックスを重ね合わせ、2万4000人以上いる債権者の心を掴もうと画策している。そして、現在の大手取引所であるコインベースやバイナンスに対抗するというストーリーを描いた。しかし、ピアース氏のやり方を疑問視する声は多い。ピーアス氏の主張の正当性について、マウントゴックスの元CEOマイク・カルプレス氏と債権者のダニエル・ケルマン氏がコインテレグラフ日本版の取材に応じた。

なぜ今?

テッククランチによれば、ピアース氏は、マウントゴックスの創業者として知られるジェド・マケーレブ氏(ステラ創業者・リップル共同創業者)から自身の投資会社Sunlot(サンロット)を通じてマウントゴックス株の12%を1BTCで取得。さらに2014年に残りの88%をカルプレス氏から取得すべく、覚書を送付した。しかし、それから5年間、マウントゴックスに関して目立った活動は行っておらず、今年に入って突然アクティブになり始めた。

既報の通り、マウントゴックスは昨年の6月に民事再生の手続きを開始。これにより、ビットコインが割安のレート(1BTC=483ドル)で日本円に換金されて返済されるのではなく、ビットコインはビットコインのまま返済される可能性が生まれ、債権者はすでに一定の勝利を納めたと考えられていた。

ちなみにケルマン氏は、昨年11月に「ビットコインの伝道者」ロジャー・バー氏などと共に2017年11月に民事再生を求めて東京地裁に申し立てを行い、昨年6月の民事再生決定を勝ち取った立役者の一人だ。なぜ今になってピアース氏がマウントゴックスの救世主に名乗りを上げたのか。唐突感が否めない状況だ。

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「法的拘束力」のない覚書

さらにピアース氏が主張するマウントゴックスの所有権についても懐疑的な声が出ている。ピアース氏はCCNに対して、2014年3月にカルプレス氏が、ピアース氏とサンロットにマウントゴックスの資産全てを移すことに「合意した」と主張。ピアース氏は、当時のカルプレス氏の言葉として「法的拘束力のある合意だった」と指摘している。

コインテレグラフ日本版の取材に応じて、この「合意」に対して反論したのがカルプレス氏だ。同氏によれば、2014年文書はあくまで「提案」であったと述べた。

「覚書は提案であり、裁判所や破産管財人もしくは裁判所が任命する人(もしくはそのいずれか)によって承認されることを条件に45日以内に合意に到達する予定だった。私が知っている限り、45日以内に合意に到達していないし、裁判所や破産管財人が合意を承認したこともない

カルプレス氏は「当時我々は弁護士と一緒に決められ条件に沿って動いていたが、裁判所から承認を得るための協力を含めサンロットからは音沙汰がなかった」と指摘している。

CCNはこの文書について、ピアース氏の弁護士のアドバイスに従って公表を控えたとしているものの、コインテレグラフ日本版はこれを入手した。

弁護士でもあるダニエル氏はこの文書について「法的拘束力がないのは明らかだ」と分析している。また以下は、上記の文書が無効であることを確認する文書だ。カルプレス氏はサインしているが、ピアース氏はサインしていない。ただ、そもそもマウントゴックスの株式売却で「合意」がなかったのであれば、そもそもピアース氏の所有権に関する主張にも疑問符がつくことになる。

(CCNは「カルプレス氏が『合意』を無効にしようとしピアース氏はこれに合意したことはなかった」と報道したものの、実際は「合意」そのものがなかったことになる)

怪しい債権者との関係

Roman(ローマン)という「債権者」が、当時の破産管財人・小林氏に対して、マウントゴックスのビットコイン消失とデータ流出を理由にビットコイン引き出しができなくなったとして3万5000BTCを請求していたことが明らかになった。そしてその後、このローマンの請求の代表者としてオリバーという弁護士がカルプレス氏にツイッターでコンタクトをした。ただダニエル氏が信頼できる情報源に確認したところ、この3万5000BTCの請求はまったく事実の裏付けがないことが分かったそうだ。

実はピアース氏は、このローマンとオリバーとの関係が疑われている。ダニエル氏によると、ピアース氏はローマンを支援する意欲を見せたそうだ。実際、ゴックス・ライジングの前身団体のチャットグループには、ローマンやオリバーと一緒にピアース氏の名前が入っていた。

(ローマンは「RO H」、オリバーは「Oliver Wright Esq.」、ピアース氏は「Block Percy」)

ピアース氏は、ローマンやオリバーとは関係ないと火消しにかかっているものの、債権者のテレグラムのチャットグループでピアース氏のイメージが悪化している。

「余剰資産」?

先述の通り、昨年6月に民事再生が決定したことによって、ビットコイン価格が2014年と比較して高騰した現在、1BTC=483ドルではなく、債権者はより有利な返済オプションを手に入れることができた。これは、これまで活動を続けてきた債権者の勝利であって、ブロック氏は関与していない。しかし、ピアース氏は、テレグラムの債権者グループのチャットの中で「余剰資産(Surplus Fund)」の存在を持ち出した。

しかし、以下の二つの理由から、「余剰資産」という主張についても疑惑の目が注がれている。

A. 現在、管財人が管理する仮想通貨以外に失われた仮想通貨の行方はわかっていない(ピアース氏はどこにあるのか、何の理由も述べていない)

B. 管財人が管理する仮想通貨に関しては、民事再生という勝利以降、債権者は割安な額での返済を回避したため、すでに債権者の思惑通りにことが運んでいる(よって、余剰資産が債権者にとって生まれることはない)。

このため、ブロック氏のいう「余剰資産」は何の根拠もない主張であり、「新たに価値をもたらす良いやつだという個人のブランド向上」のために主張したのではないかとケルマン氏はみている。

ちなみにAについては、「ビットコイン探偵」と知られるソフトウェアエンジニアのキム・ニルソン氏が「ピアース氏の主張は、現実的に全く根拠がなく、何を話しているのか分かっていない」と痛烈に批判している

こうした疑惑からピアース氏に対する不信感は債権者の間で高まっている。カルプレス氏は、現時点で債権者がピアース氏を支持するとは思えないとし、「分裂を生み出すだけだろう」と予想。またケルマン氏は、裁判所や管財人がピアース氏にさらに対応に時間をかけなければならず、「返済プロセスが遅れるだけ」と批判している。

ちなみにケルマン氏は、当初、ピアース氏から新たな団体を支持するように要請された。ただ、不透明な点が多く、その部分を明確にするようピアース氏に対して疑問を投げかけ続けたが、折り合いがつかず、結局、ピアース氏からツイッターをブロックされた。その後、ピアース氏は、ケルマン氏について「カルプレス氏の代理人だ」とツイート。カルプレス氏ともマウントゴックスの所有権を巡って、ツイッター上で口論となった

コインテレグラフ日本版はゴックス・ライジングに問い合わせているものの、執筆時点で返信は来ていない。

もう一つの頭痛の種 CoinLab(コインラブ)

ケルマン氏がもう一つの大きな返済遅延要因と考えるのがコインラブの動向だ。2012年にマウントゴックスと米国ビジネスでライセンス契約を結んだコインラブの創業者ピーター・ビセーネス氏が、マウントゴックスの民事再生手続きの中で、損害賠償などの名目で1兆7000億円近くの請求をしていることが明らかになった。2013年には、マウントゴックスを相手取り7500万ドル(約81億7500万円)の訴訟を起こしていたが、今回、大幅に請求額を増額。もしこの請求がまかり通れば、債権者には一銭も残らないことになる。

この文書を「信頼できる情報源」から手に入れたのがケルマン氏だ。

実は、反コインラブ という点ではピアース氏も同じサイド。ピアース氏は、先述のテッククランチとのインタビューの中で、コインラブの請求額について「軽薄だ」と批判。彼の主張は、もしマウントゴックスとの提携がキャンセルされていなかったらコインラブは今で言うところのコインベースになっていたと仮定しており、請求額はコインベースの価値を表しているのだという。

ピアース氏は「コインラブはすべてのマネーを奪い、債権者に何も残さない悪役だ」と述べた。

仮想通貨の規制について詳しいある弁護士は、コインテレグラフ日本版に対して、コインラブの請求内容は見ていないとしつつも「感覚的にはあまり深刻に受け止める必要はないという印象」と述べた。ただ仮に請求が通れば、「他のビットコインを売却しなければならない可能性」があると解説した。

管財人・小林氏のビットコイン売却は、海外の主要経済メディアから「東京のクジラ」と恐れられ、売却のたびに相場の重しになっていると捉えられていた。とりわけ先日裁判所からのリーク文書で明らかになったように、ビットコインの売却記録とみられる回数が多かった昨年5月、ビットコインは70%以上下落した。

ケルマン氏は、以前からコインラブがマウントゴックス事件の解決に向けて最後の障害になるとみていたが、今回の1兆7000億円近くの請求額は「異常」と指摘。コインベースですらそこまでの時価総額はないとし、債権者側はコインラブが一銭も受け取らないように働きかけていくと語った。

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ケルマン氏によると、管財人の小林氏はコインラブの請求をすでに退けた。今後、否認された請求は、アセスメントを経て裁判所て審議されるそうだ。日本の裁判所は2つのオプションを持っており、1つ目は、日本の裁判所がそのまま訴訟を取り扱うケースで、2つ目は米国の裁判所に訴訟を戻し、米国の裁判所の判断に日本の裁判所が従うケースだという。

ケルマン氏は、米国の裁判所より日本の裁判所の方がコインラブの訴えを退けやすいと考えており、小林氏も日本の裁判所で解決を目指したいと考えているのではないかとみている。ただ「いつでも裁判所が間違った結論を出す可能性はある」と警戒している。

どちらにしてもケルマン氏が懸念するのは、コインラブの件で時間が取られることによる「返済の遅れ」だ。ケルマン氏は、ビットコイン・ファウンデーションの最初の会長であるビセーネス氏はもはや業界のために動きておらず、私利私欲のために動いていると批判した。

 

一方で巨額請求(コインラブ)、もう一方で「うますぎる話」(ゴックス・ライジング)に突如直面することとなったマウントゴックスの債権者たち。巨額請求に屈服し「東京のクジラ」がまた動くざるを得なくなるのか?マウントゴックスが復活しコインベースやバイナンスと競う日が来るのか?はたまたそれは「ビットコイン億万長者」による不誠実な見せかけにすぎないのか?マウントゴックス破綻から5年。債権者でなくとも目が離せない展開が続きそうだ。