巨額資産を運用するヘッジファンドが仮想通貨業界に入ってくるのは一体いつなのか。ここ1、2年、この問いを多く耳にする。ウォール街が本気を出せば数千兆円もの資金が仮想通貨業界に流れてくるという話には期待が膨らむ。多くのアナリストにとって「機関投資家が参入すればビットコインが上がる」というのは今や決まり文句だ。

では、なぜ入ってこないのか?

プライバシーだ。

あなたは富裕層から巨額の資金を預かり運用するヘッジファンドのマネジャーだ。もし、新しいシステムを使ったことで、何に投資しているのか、いくら投資しているのかという大事な投資戦略が世間に筒抜けになってしまうとしたら、どうするか?そのシステムを採用するわけはないだろう。

簡潔に言えば、これがヘッジファンドなど機関投資家がブロックチェーンを使った取引を避けている大きな理由だ。

「ブロックチェーンが伝統的に得意としているのは、透明性と監査能力の保証だ。一方、伝統的に不得意としているのは、プライバシーだ。」

上記のように述べたのは、フィンドラ(Findora)のリサーチ部門トップ、ベネディクト・ブンズ氏だ。フィンドラで、機関投資家など金融機関が懸念するプライバシー問題の解決を目指す研究を行なっている。スタンフォード大学博士課程の研究者で、若くしてゼロ知識証明の1種であるブレットプルーフ(Bulletproofs)を発明した暗号技術の使い手だ。

「我々は、ゼロ知識証明という暗号技術を使ってブロックチェーンにバランスをもたらす。」

ブンズ氏は、今月初め、大阪のホテルでコインテレグラフ日本版に対してフィンドラの野望を語った。

(大阪のホテルで取材に答えるベネディクト・ブンズ氏)

フィンドラとゼロ知識証明

フィンドラは、金融サービス向けに匿名で安全な金融資産の移転を目指すプラットフォームだ。

とりわけ、フィンドラが注目しているのはゼロ知識証明という暗号技術。秘密情報を知らせることなく、相手に秘密情報を保有していることを証明する。

ゼロ知識証明にはzk-SNARKs(スナーク)やzk-STARKs(スターク)、ブレットプルーフなど様々な種類があり、それぞれ利点が異なる。

ブンズ氏によると、スナークは効率的だが、「信頼されたセットアップ(trusted setup)」が必要になる。このため、もし証明のための鍵と検証のための鍵を作成する人が悪意を持って行動すれば、間違った証明を行う可能性が生まれる。

一方、ブンズ氏らスタンフォード大学の研究者が開発したブレットプルーフは、「誰がセットアップを行うかを心配しなくて良い」。しかし、複雑度の高い取引には向かず「証明をチェックするのに時間がかかってしまう」と問題点があった。

ここで言う複雑度の高い取引とは、AからBに価値を移転するという単純な取引ではなく、様々な資産を取り扱いつつ規制順守をするなど複雑な条件を満たさなければならない取引だ。

ブンズ氏らは、22日、「スーパーソニック(Supersonic)」という新たなゼロ知識証明技術をフィンドラのプラットフォームに組み込むと発表。「最も複雑なステイトメント(声明文)でさえミリ秒で検証できる」と主張した。

ビットコインとイーサリアムの問題点

仮想通貨の初期投資家であるブンズ氏は、サンフランシスコでビットコインの開発者と対話する機会があるという。ビットコインの開発者は、プライバシー問題が存在していることは認識している。しかし、ブンズ氏はビットコインが問題を解決するのは何年も先の話だと感じている。

ビットコインはかなり保守的。どのような変更を加えるかに関してね。プライバシー問題を解決するにはかなりの時間がかかると思うよ。」

一方、イーサリアムのプライバシー問題に関しては構造上の問題があると指摘した。

イーサリアムの基本的な考え方は、「レイヤー2で物事を進める」(ブンズ氏)。様々なものが簡単に構築できるなど多くの利点があるが、「定義上レイヤー1ほど効率的ではなく、プライバシーの観点からは大きなマイナス点がある」という。

「レイヤー2ということは、定義上、オプトイン(選択)方式だ。利用者が、プライバシーソリューションを使うかどうか選ぶ。(中略)ある特定のプライバシーソリューションを使うことで、あなたは自分のアイデンティティーを晒すことになるかもしれない。」

どういうことか?

例えば、あなたが匿名ブラウザー「Tor(トーア)」を使うとする。もし警察がTorの利用者を監視する場合、あなたは自ら選択してTorを使っただけに、あなたのTor使用が目立つ。つまり、特定のプライバシーソリューションを使っていることによって、逆にあなたに疑いの目が向けられることになるかもしれないということだ。

だからプライバシーソリューションはデフォルトで存在していなければならない。利用者が怪しまれることなく使うためにはね」

プライバシーを高めようとして逆に怪しまれるのは本末転倒だ。

トークンを使った取引に対する金融機関からの需要は確実にある。しかし、肝心なプライバシー問題に関してビットコインは保守的で、イーサリアムには構造上の問題がある。だからといって金融機関がビットコインとイーサリアムによる問題解決を待たなければいけないわけではない。

先述のポートフォリオ問題解決に加えて、金融機関がトークンを発行する際、例えば「自分はトークンが誰の手に渡るのかは知りたいが、パブリックでは知られたくない」という要望もあるそうだ。

もし伝統的な金融業界に分散型システムを採用してほしいなら、少なくとも現在と同じ水準のプライバシーを保つ必要がある

ブンズ氏は、世界の金融機関からのフィンドラに対する確かな需要を確信している。