米国証券取引委員会(SEC)に新たにデジタル資産を管轄するための要職が設置されてバレリー・シュシェパニャク氏が就任したのは、仮想通貨業界にとって良いニュースだろうか、悪いニュースだろうか?これは、仮想通貨コミュニティーが先週ずっと考えてきた問題だ。

 シュシェパニャク氏の正式な役職名は「コーポレートファイナンス部門アソシエートディレクター兼ビル・ヒンマン部門長付けデジタル資産及びイノベーション担当上級顧問」。メディアはさっそくこの長ったらしい役職名を縮めて、仮想通貨皇帝、仮想通貨保安官、仮想通貨長官、仮想通貨クォーターバックなどと呼んでいる。それらの呼び名は全て、SECがブロックチェーン分野に対して持つ非常に広範囲な権限が、今後は1人の人物に統合されるという事実を示している。規制当局と業界の間の調整役を務める頼りになる役職と担当者が誕生したのだ。

 シュシェパニャク氏の就任に対する警戒心の高まりは、仮想通貨やICO市場の利害関係者たちの最初の反応としては極めて自然である。ブログプラットフォーム「リーズン」でリバタリアンは、この件について「ビットコインやその他のデジタル通貨のファンにとっては、たぶん悪いニュース」と分類した。結局のところ、SECが過去数ヶ月にわたり行ってきたことのほとんどが、仮想通貨市場の包括的な規制であり、その取り組みの先頭に立つ人物の任命も、同じような色眼鏡で見られるのかもしれない。しかし、シュシェパニャク氏の昇進を受けたコミュニティー全体の雰囲気は、非常に楽観的に見える。人々は同氏の発言記録を分析し、同氏の就任は悪い警官というよりも、むしろ良い警官になる可能性のほうが高いと判断している

 

仮想通貨に関するバレリー・A・シュシェパニャク氏の発言

 

「あるトークンが有価証券であるか否かは、事実や状況に基づいて判断されるものであり、個別に取り上げる必要がある」(コンセンサス2017での発言)

「もし最初から非常に規範的なやり方で仮定の状況について具体的に(ガイドラインを)出そうとすれば、それは多分時間の無駄であり、おそらく回り道の地図を作ることになるだろうと考える」(ACT-IACブロックチェーンフォーラム2018での発言

「私たちはミーティングの要請を決して断らない。私たちは何か全く新しいことを始めようとしているわけではない。そうではなくみんなには、私たちのところへ来てもらいたい。そして、彼らが実現を望んでいるソリューションを提案したい」(2018年6月 SINETイノベーションサミットでの発言)

 

どのような人物か?

 シュシェパニャク氏は、ベテランの弁護士であり、20年以上にわたり証券取引委員会に在籍した経験を持つ。ペンシルベニア大学でのエンジニアリングの理学士取得後、ジョージタウン法科大学院での法学士の学位を取得した。80年台後半は特許法に従事し、ゴルフパターや医療機器、球形ダイスなどの投資家による特許申請のレビューを行った。その後、ワシントンDCの地方及び控訴裁判所で連邦判事の助手を務めてから、ニューヨーク州に移り、東部地区連邦検事局で特別連邦検事補を務めた。

 この将来の仮想通貨皇帝は97年に、検察官としてSECに参加。インサイダー取引事件を扱う民事及び行政手続き上の訴訟を主に担当した。シュシェパニャク氏が関与した中で最も注目を集めた訴訟の一つは、ラジ・ラジャラトナム氏とそのヘッジファンド投資顧問会社ガリオンに対する有名な訴訟事件である。

 仮想通貨が登場した時、シュシェパニャク氏は時間を無駄にはしなかった。同部門の責任者ビル・ヒンマン氏は声明文の中で次のように述べている。

「バレリーは、ブロックチェーンや分散型台帳技術などの発展、及び仮想通貨、イニシャルコインオファリング(ICO)、トークン化証券、その他のデジタル金融商品と、証券法との関わりについて、早くから認識していた」

 2013年にSECで分散型台帳技術ワーキンググループが創設された際、シュシェパニャク氏がトップに就いた。直近の役職は、執行局のサイバー部門におけるアシスタントディレクター。そこで同氏は、ダークウェブ・ワーキンググループの共同代表者及びフィンテック ワーキンググループグループのメンバーも務めた。ICOの時代が到来したことで、同氏はニューヨーク州連邦裁判所で行われた仮想通貨企業に対する多くの有名な訴訟に関与するようになった。またSECがDAOのトークン販売を「違法」とした判断にも関わっていた。

 

誰の味方か?

 シュシェパニャク氏は明らかに、分散型台帳の世界における「よそ者」ではない。この新興のフィンテックビジネスに早い時期から従事し、その仕組みを熟知する同氏は、主な業界フォーラムにSECの代表者として頻繁に出席している。同氏の意見は豊富な知識に基づいており、仮想通貨やトークンの仕組みについて、微妙な点まで理解させてくれると指摘するフォーラム参加者も多い。そのようなフォーラムの1つで、新たな役職に就いて初めて公に姿を見せることとなった場所の一つが、6月7日にニューヨークで開催されたSINETイノベーションサミットである。この会場でシュシェパニャク氏は、ICOの政府規制に対する今後の取り組みについて意欲的なビジョンを示した。同氏は、SECがトークンの取引に課す制約のいくつかは、スマートコントラクトとして展開されるかもしれないと示唆したのだ。

 シュシェパニャク氏の任命がこの時期に行われたのは、仮想通貨投資家の保護とデジタル資産や分散型の経済を繁栄させるためにICO起業家に対して与えるべき十分な許容度の間の微妙なラインについてSECが判断を強いられていることに気づいたためだ。過去数ヶ月間のSECは、新たなサイバー部門の立ち上げ、ICOに対する強制措置の実施、トークンセールの停止、仮想通貨エコシステムの多数の関係者に対する召喚状の発行と情報の請求など、徐々に厳しい姿勢を強めていた。

 同時に、SECに対する仮想通貨支持者や投資会社からの圧力も高まっている。彼らは、規制の不明確さが米国のブロックチェーン業界の発展を妨げるかもしれないとの懸念を持っているか、あるいは単に利益を生む多くのチャンスとして仮想通貨を利用しようとしている者たちだ。そのような視点から、仮想通貨の顧問職の新設とシュシェパニャク氏の昇進は、単純に組織的な論理で推進された可能性がある。仮想通貨関連の膨大な仕事量は、最終的にICOや仮想通貨の規制を専門に扱う独立した組織の設立につながった。しかし、シュシェパニャク氏の昇進には、多くの政治的判断も働いたようにも思える。

 例えば、ありそうにない展開だが、ICO規制に関する重要な業務が「全てのICOは有価証券」と主張するジェイ・クレイトン氏やSEC内でもっと硬直した考えを持つ者たちにより遂行されそうになった場合、仮想通貨コミュニティーがどのように感じるか想像してみてほしい。控えめに言っても、そのようなニュースが時価総額の上昇を促進することはなさそうだ。そんなシナリオに比べれば、バレリー・シュシェパニャク氏は柔軟な人物であるように見える。同氏の昇進は、連邦政府が仮想通貨規制に本気で取り組む準備ができたことを示すだけではなく、彼らがブロックチェーン業界との有意義な協力を望んでいることも暗示している。

 投資家保護と技術発展の間の良好なバランスを支援する人物と認められたシュシェパニャク氏は、可能な範囲でその2つを調和させられる立場にある。コンセンシス2017のスピーチで同氏は、状況に応じてトークンが有価証券と見なされる場合も見なされない場合もあり得るという考えを採用しているように聞こえた。これまでのコメントでも同氏が規範的なガイドラインの大ファンではないことが分かる。同氏は仮定の状況に対するガイドラインを考案するよりも、イノベーターやその弁護士たちと同じ席に着き、プロジェクトの目的やその発展が米国の証券法に沿っているかということについて話し合うことを好んでいる。願わくばこのSECの新たな仮想通貨担当幹部が、そのチーム全員に同じ精神を吹き込むことができればと思う。SECに影響を受ける仮想通貨起業家一人ひとりと同じ席に着いて話をする時間を作るのは、シュシェパニャク氏だけでは時間的に無理であるように思えるからだ。